第100章 谷口

若林星奈は後部座席で膝を抱え、掌を汗でびっしょり濡らしていた。

こんな場所は初めてだ。雲城で彼女が見た「いちばん荒れた場面」といえば、西野家の前で記者に囲まれた、あの一件くらい。

けれど、ここは違う。

空気の中に、言葉にできない何かが混じっている。匂いとしては掴めないのに、肌の産毛だけがずっと逆立ったままだ。

「星奈」

水谷瑞貴が車へ戻り、片手でドアを閉めた。

「前に人がいる。多くない、五、六人だ。あの区間の両脇の草むらに潜んでる。半分はもう片づけた。残りは俺の連中が迂回して潰す」

若林星奈は小さく頷く。

「……母は? 母は今、どこにいるの?」

「谷の奥だ。黒石村っていう村...

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