第35章 忽然と消えた

水谷瑞貴みたいな男は、決して損をする取引をしない。

彼が欲しがっているのは、礼のひと言なんかじゃない。

若林星奈は俯き、若林優斗の温かな額にそっと口づけた。水谷瑞貴が何を要求してこようと――受け止めるしかない。

神田健斗は、彼女を助けるために犠牲になった。あの恩は返しきれない。けれど、この命だけは守らなきゃいけない。

彼に負っているものが、多すぎる。

同じ頃、東南港。

黒いカリナンが、暴れ牛みたいに岸壁へ突っ込み、ほとんどドリフトみたいな尻尾を振って埠頭の立入禁止区画の手前で急停止した。

ギギィィ、とタイヤが悲鳴を上げる。

ドアが乱暴に開く。

西野直人が飛び降りた。キーも抜...

ログインして続きを読む