第70章 いい芝居の幕開け

若林星奈は、彼の背中が個室の扉の向こうへ消えるのを見届けると、シャンパンのグラスを持つ指に、ほんの少し力を込めた。

――網を締める。

その五文字を、どれほど待っただろう。

細部を問いただす気はなかった。西野直人が根拠もなく口にするはずがない。彼が「今だ」と言ったのなら、林田岳と山川心菜を繋ぐ証拠の鎖は、もう十分に揃ったということだ。

翌朝。

若林星奈が出社した瞬間、空気が違うと肌で分かった。

デザイン部は異様なほど静まり返り、全員が俯きがちに画面を見つめている。いつもなら噂話に花を咲かせる連中ですら、今日は口をつぐんだまま、指先だけを動かしていた。

廊下の突き当たり――山川心菜...

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