第280章

夏目夕子の表情が、ぴくりと強張った。

坂田和也はもう、あそこまで言い切っている。ここでなお食い下がれば、きっと面倒くさがられるだけだ。なにしろ彼は、以前口にした「結婚」の話はなかったことにするとまで言っていたのだから。

夏目夕子は感情を押し込み、落ち着いた声で言った。

「わかったわ。何かあったら、電話して」

「うん」

坂田和也は短く応じる。

夏目夕子は松本幸雄と連れ立って、その場を後にした。

坂田和也はすぐに立ち上がり、客間の扉を開ける。

もぬけの殻だった。

小林絵里がいない。

顔色がすっと沈み、彼はスマホを取り出して小林絵里に発信した。

「もしもし?」

小林絵里の声...

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