第601章

「あなた……!」

 小林絵里の瞳に怒りが滲んだ。けれどそれは、すぐにすうっと引いていく。

 ――頼みに来たのは、わたしのほうだ。

 たとえ、いちばんの悪党が彼だとしても。

 だって彼は、権力を握っている。やりたい放題できてしまう人間なのだから。

 絵里は肩の力を抜き、声を落とした。

「坂田和也……お願い。もう、ほかの人にまで手を出さないで。ね?」

 柔らかな声音。心の尖ったところを、ぬるい水がそっと撫でていくみたいで――あたたかくて、心地いい。

 昔は、いつもこんなふうに話していた。

 けれどいつからか、こんな言い方をすることもなくなっていた。

 坂田和也は彼女の顎をつま...

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