第629章

個室を出た途端、冷たい風が肌を刺した。小林絵里はびくりと身を震わせ、はっと我に返る。反射的に坂田和也の手を振りほどき、理解できないものを見る目で彼を見上げた。

「坂田和也……さっきの言葉、どういう意味ですか?」

坂田和也は、空になった自分の掌を一瞥した。顔から温度が消え、漆黒の瞳には危うい嵐が渦を巻く。絵里の呆然とした表情を眺め、彼は鼻で笑った。

「……そんなに驚くか? 言ったはずだ。俺はお前を、逃がさない」

伸ばされた指先が、彼女の頬に触れる。なぞるように撫で、瞳の奥で砕けていく感情を、愉しむみたいに。

「小林絵里。離婚届は偽物だ」

絵里の細い体が、ぐらりと二度ほど揺れた。咄嗟...

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