第665章

小林絵里は車を停めようとした。だが後部座席の男はその意図を察したらしく、しゃがれた声で言い放つ。

「止めてみろ。刺し殺してやる。どうせ俺も生きる気なんかねえ!」

怖くて、絵里は停められなかった。そのままアクセルを踏み込む。

こいつは死にたいのかもしれない。けれど――わたしは死にたくない。

震える声で尋ねる。

「あなた……いったい、何が目的なんですか……?」

男は答えない。ただ、刃は依然として彼女の喉元に押し当てられたまま。しかも、見せしめのつもりなのか、すっと横に滑る。

ほんの浅い傷。それでも、じわりと赤が滲んだ。

首筋がひやりとして、遅れて火照るような痛みが走る。絵里は眉を...

ログインして続きを読む