第698章

「千惠」

 斉藤子玄がその名を口にする。

「昔、実の親に見つかったあと、あの子は二度と戻ってこなかったんだ。だから今回は来るなんて思ってもみなかった。しかも、いろいろ持ってきてさ……『これからは孤児院に定期的に寄付する』って言うんだよ」

 小林絵里はふと表情を止めた。記憶のなかの千惠はもう輪郭が薄い。ただ、千惠が立田芳子にことのほか可愛がられていたことだけは覚えている。立田芳子は、いい物が入ると真っ先に千惠へ回していた。

 昔の孤児院は、決して豊かじゃなかった。子どもたちはみんな、つぎはぎだらけの服を着ている。なのに千惠だけは、いつも新しい服。いつも小綺麗で、いつも――目を引くほど整...

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