第74章

小林絵里は1時間近く歩いてようやくタクシーを捕まえた。行き先を告げると、そのまま窓の外をじっと見つめていた。

夜は深く、通りには人影一つない。

運転手は彼女をちらりと見て、ふと尋ねた。

「お嬢さん、どうしてこんな夜更けに一人で歩いていたんだい? 危ないじゃないか」

その言葉に意識を引き戻され、小林絵里は運転手に目を向けた。帽子とマスクで覆われ、目元だけを覗かせているその姿は、理由もなく彼女の不安を煽った。

「夫と喧嘩してしまったんです。でも、すぐに追いかけてくると思います」

「夫婦喧嘩で飛び出すなんて感心しないな。もし悪い奴にでも出くわしたらどうするつもりだい」

小林絵里は愛想...

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