第795章

 二人の距離は近かった。彼の身にまとった淡い清涼な匂いに、煙草の気配がほんの少し混じって、彼女へと押し寄せる。

 切れ長の目が彼女を捉える。黒い瞳は古井戸みたいに深く、吸い込んだら二度と離さないと言わんばかりだった。

 小林絵里の長いまつげがかすかに震え、次の瞬間、彼女は一歩退く。背を向けて言った。

「後悔しません」

 そう言い捨て、彼女はそのまま書斎へ向かった。

 坂田和也はその後ろ姿を見送る。あまりに言い切る声音に、胸の奥がすうっと力を失った。

 ……本当に、石でできた心なのか。

 俺の変化を、少しも感じていないのか。

 彼女のあとを追い、歩きながら言う。

「藤原景丞が...

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