第1章 二重の裏切り

薄暗い部屋に、曖昧な呻き声が入り混じる。ベッドの上では二つの影が絡み合っていた。

きっちりと仕立てられた黒いスーツの男が、腕の中で意識も朦朧とし、顔を緋色に染めた女を強く抱きしめている。

「ふぅ……」

北村萌花は全身が焼け付くように熱いと感じていた。灼熱の吐息が男の冷ややかな気配と交じり合う。抵抗しようにも、それはただ虚しい足掻きに過ぎなかった。

両手は頭上高くに押さえつけられ、北村萌花は必死に目を開けるも、見えるのは男の黒髪だけ。意識は曖昧だが、骨身に染みる感覚は、ただ一文字。

痛い!

夢なのだろうか?

しかし、あまりにも現実味を帯びている。

北村萌花は手を伸ばして男を突き放そうとしたが、力強い大きな手に固く握られてしまう。男のひんやりとした唇が胸に触れ、思わず身を震わせた。

そうだ、今日は彼女と佐藤和也の新婚初夜だ。長年愛し合ってきたが、最後の一線は越えずにいた。それは新婚の夜にとっておこうと、彼女が言ったのだ。

普段はか弱そうに見える佐藤和也が、まさかこれほど体力が良いとは。

二人の体が重なり合う下の方が、じっとりと濡れているのを感じ、北村萌花は顔を真っ赤に染めた。

唇の端から漏れそうになる声さえも打ち砕かれそうだ。北村萌花は耐えきれず逃げようとするも、また男の大きな腕に引き戻される。

「いや……んっ!」

北村萌花が吐き出せなかった声は枕に押し殺され、背中は男の逞しい胸板にぴったりと密着していた。硬く昂ったものが彼女の臀部に押し当てられ、いよいよ挿入されようかというその時、頭部を激しく殴打された。

「恥知らずが!」

「北村萌花!お前に羞恥心というものはないのか?!」

降り注ぐ怒声が、北村萌花を春の夢から現実に引き戻した。必死に目を擦ると、目の前に立っているのが激昂した佐藤和也だと分かった。

今、一枚の絹の掛け布団が北村萌花の腹の上にかかっており、二本の白く長い脚がことさらに艶めかしく、黒いネグリジェはほとんど胸元までたくし上げられている。

北村萌花は下半身の粘り気を感じ、また春の夢を見ていたのだと悟った。

思えば不思議なことだ。最近、彼女は決まって新婚初夜の夢を見る。あの時の感覚と刻まれた記憶が、今も鮮明に残っている。

しかし、男の顔はいつもはっきりと見えない。

北村萌花はそれでもがっかりした。何しろ、それは彼女と佐藤和也の美しい夜だったのだから。

あの日以降、佐藤和也はまるで人が変わったように、いつも夜遊びをして帰ってこず、彼女に触れることもなくなった。

佐藤和也は手に持っていた報告書を北村萌花の顔に叩きつけた。

「昼間っからこんなに発情しやがって!ふしだらな女め、どういうことか説明しろ!」

陽光がガラス窓を通して、次第に赤くなっていく北村萌花の顔に降り注ぐ。

最近、やたらと眠くなり、少し休むつもりが、北村萌花は眠ってしまっていたのだ。

北村萌花は苦笑した。恐らくあの夜の体験があまりに強烈で、春の夢を見させているのだろう。

ベッドに散らばった報告書を見て、北村萌花の瞳が輝いた。その中の一枚を拾い上げて差し出しながら言う。

「和也、私、妊娠したの。見て、この書類に……」

「失せろ!」

佐藤和也は手を振り払った。「北村萌花!俺はお前に一度も触れていない。お前の腹の中のどこの馬の骨とも知れんガキは俺の子じゃない!自分の処女膜を大事そうにして、俺のためにとっておくとか言ってたが、俺の見てないところで一体何人の男と寝たんだ!」

北村萌花は呆然とし、佐藤和也の怒りに満ちた顔を見て、彼女の顔色は蒼白になった。「そんなはずないわ。和也、新婚の夜、私たちは一緒だったじゃない」

「和也、そんな冗談やめてよ。全然面白くないわ」

北村萌花は佐藤和也の腕を掴もうとしたが、振り払われた。

黒のキャミソールネグリジェが北村萌花の肌の白さを際立たせ、一本の肩紐が腕まで滑り落ちている。佐藤和也は一目で彼女の豊かな胸に目を奪われた。

北村萌花の容姿がどうであれ、言うまでもなく、彼女のスタイルは抜群だった。

佐藤和也の喉が微かに熱を帯びたが、声は氷のように冷たかった。「北村萌花、あの夜、俺はずっと菜々美と一緒にいた」

北村萌花はまるで雷に打たれたかのようだった。「なんですって?!妹の菜々美ですって?まさか、私たちの新婚の夜に、あなたが私の妹と一緒にいたって言うの?!」

佐藤和也は新婚初夜に彼女を放り出し、彼女の義妹である北村菜々美と一緒にいたというのか!

ならば、あの夜、彼女と寝た男は誰だというのだ?!

佐藤和也はさらに別のファイルをテーブルに叩きつけた。「お前が孕んだどこの馬の骨とも知れんガキの面倒を見るなんて、ありえない!北村萌花、離婚だ!契約書はもうまとめてある。ここの物はお前には一つも持っていかせん!」

「佐藤和也、浮気して北村菜々美とデキてたくせに、私に汚水を浴びせるなんて!離婚してほしいですって、夢でも見てなさい!」北村萌花は激昂し、飛び上がって佐藤和也に掴みかかろうとしたが、強く突き飛ばされた。

北村萌花がさらに罵ろうとしたその時、寝室のドアが「ドン」という音を立てて開かれ、北村菜々美が大声で言った。「北村萌花、物分かりのいいところを見せて、さっさと和也さんと離婚なさいよ。彼はあなたを愛してないんだから、しがみついても無駄よ!」

ドアの外で盗み聞きしていた北村菜々美は、北村萌花が離婚に同意しないのを聞いて、我慢できなくなったのだ。ドアを押し開け、北村萌花を罵倒した。

「鏡でも見たらどうなのよ。あんたみたいな醜い顔で、和也さんに釣り合うとでも思ってるの?!」

佐藤和也は北村菜々美の腰を抱き、得意げに言った。「北村萌花、お前も見た通りだ。菜々美のような女だけが俺に相応しい」

北村菜々美は甘えた声で佐藤和也の胸に寄りかかる。「和也さん」

佐藤和也はまた北村菜々美を連れ、寝室を出ながら言った。「北村萌花、三十分だけ考えてやる。さもなければ、俺がお前を叩き出すことになるのを恨むなよ!」

二人の声が遠のくまで、北村萌花はまるで夢の中にいるかのようだった。

この急展開はあまりに速すぎて、彼女は反応しきれなかった。

北村萌花と佐藤和也は大学時代から愛し合い、結婚した。三ヶ月前、佐藤和也は京界市のトップクラスの名家に跡継ぎとして認められた。たとえ佐藤和也の両親が佐藤家の傍流に過ぎなくても、佐藤和也が一文無しの平民から、トップクラスの名家の御曹司へと成り上がる妨げにはならなかった。

なぜ彼女を追いかけていた頃は、彼女が彼に相応しくないなどと言わなかったのか。

今の身分で言えば、彼女は義妹ほどお洒落でもなく口も甘くなく、おまけに刑務所にいる母親がいて、家でも疎まれている。

しかし、たとえ彼に相応しくないと言われたとしても、彼女の義妹と浮気して彼女を不快にさせるなんてことがあっていいはずがない!

「クソ野郎!佐藤和也!私が離婚して、あんたたちクソどもを成仏させてやるですって。夢でも見てなさい!」北村萌花は数秒考え、素早く服を着替え、自分の有り金とカードをすべてかき集めて寝室を出た。

もう一方の寝室からは、北村菜々美の淫らな喘ぎ声が聞こえてくる。

北村萌花は吐き気で血反吐が出そうだった。そっと部屋のドアを開け、携帯電話を構えて中の様子を連写すると、素早く裏口から逃げ出した。

佐藤和也と北村菜々美が事を終えた頃には、広大な別荘にはとっくに北村萌花の影はなかった。

Y国、某病院。

医学指導教官の申請によるY国への交換留学生として、北村萌花は佐藤和也から逃れるために海外での研鑽を決意した。

当初は学業が忙しかったが、ようやく時間ができて病院を訪れた。北村萌花は中絶手術を受けるつもりだった。

医師は報告書を見ながら、重々しく言った。「北村さん、あなたの胎壁は非常に薄く、病変の可能性もあります。もし今回堕胎すれば、将来二度と妊娠できなくなるかもしれません。もちろん、これはあくまで可能性の話ですが」

医学生である北村萌花にそれが分からないはずがない。すでにお腹が膨らみ始めているのを撫でながら、彼女は一瞬、迷いを感じた。

まさか、父親が誰かも分からないこの子を、産むべきだというのだろうか?

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