第64章

稲垣日織はちょこんと一歩前へ出ると、新藤鈴奈の見慣れない視線をまっすぐ受け止め、唇をきゅっと結んだあと、甘えるような声で言った。

「ママ、日織と一緒におうち帰ろ? 日織、ママに会いたかったの」

その後ろで見ていた神園和臣は、思わず奥歯を噛みしめる。

稲垣征也め、ほんとに抜け目がない。娘まで使うなんて、やり方が汚すぎる。

新藤鈴奈は、自分の膝ほどしかない小さな女の子を見下ろし、胸の奥がふっとやわらぐのを感じた。

それでも、その願いにうなずくことはできなかった。

「私たち、離婚するんでしょう。そこにまた私が住むのは、やっぱり都合が悪いわ」

鈴奈が折れるものと思っていた稲垣征也は、そ...

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