第84章

稲垣征也は目的がはっきりしていた。まっすぐ新藤鈴奈のもとへ向かってくる。

神園和臣が正面から受けて立つように立ち上がり、彼の前に立ちはだかった。口元だけ笑って、目は笑っていない。

「稲垣社長、場所をお間違えでは? 津田真由なら隣の組ですよ」

神園和臣の姿を認めた瞬間、稲垣征也の顔つきが露骨に曇る。冷えた声で言い放った。

「俺は鈴奈に用がある。どいてくれ。話があるんだ」

神園和臣は慌てるでもなく、スーツの襟を整える。にこり、と余裕の笑み。

「悪いけど、下心のある異性が俺の婚約者に近づくのは、全部お断りなんで」

――婚約者。

その言葉に、稲垣征也の瞳がすっと暗く沈んだ。

堪える...

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