第86章

家政婦が食事を盆にのせてテーブルへ置き、苦い薬でも飲ませるみたいに言い聞かせた。

「お嬢ちゃん、少しでいいから食べましょう。これ以上食べないと、身体がもたないですよ」

稲垣日織はうさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、しおしおと首を横に振る。

「お腹すいてない。食べない」

家政婦が困ったようにため息をつき、稲垣征也に報告しに出ようとした、そのとき。

彼がちょうど部屋へ入ってきた。

「若様……お嬢ちゃん、まだ何も口にしません」

一口も手をつけられていない膳を見て、稲垣征也は家政婦へ軽く手を振った。

「もういい。下がってくれ」

家政婦が出ていくと、稲垣征也は小さなベッドの縁に腰を下...

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