第一百一十一章

紗夜はそれだけ言うと、辰の反応を待たずに身を翻し、車のメンテナンス作業に意識を戻そうとした。

一歩踏み出そうとしたところで、不意に足に抵抗を感じた。

見下ろすと、瑞樹が紗夜の左足に抱きつき、蹲るように丸まっていた。

「やだ、暁影のサイン入り写真が欲しい!一緒に写真も撮りたい!ママならできるって知ってるんだから!」

紗夜は、自分の足に抱きついている男の子を、ただ静かに見下ろした。

潤んだ瞳、束になった睫毛、頬を伝う涙。それは大抵の大人ならつい心を許してしまう、子供の泣き顔そのものだった。

彼女は、ただ彼を見つめるだけだった。

この子はもう、かつて両手で慈しんだ宝物ではない。

今流...

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