第三十六章

紗夜は一瞬、言葉に詰まった。

 

その反応を見た藤原司は、どこか可笑しそうに、「そんなに他人行儀だったかな? これからはプライベートでは司でいいよ」と悪戯っぽく笑った。

 

紗夜は深く考える余裕もなく、こくりと頷くと、「ちょっとお手洗いに」という言葉を残して、その場から駆け出した。

 

逃げるようなその後ろ姿を、司は思わず笑みを浮かべて見送る。

 

(俺ってそんなに怖いかな?)

 


 

静まり返った化粧室には、水の流れる音だけが響いていた。

 

紗夜は身をかがめて手を洗い、ペーパータオルで水気を拭き取ると、ふと顔を上げた。鏡越しに、白石絵里が少し離れた後ろに立っているのが見えた。

 

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