第六十六章

紗夜は顔を上げた。

 

黒沢辰が目の前に立っていた。ダークグレーのスーツに、きっちりと締められたネクタイ。その表情は、今にも雨が降り出しそうな空のように暗く沈んでいる。

 

視線が彼女の顔の上を滑り、そして、ぴたりと縫い付けられたまま動こうとしない。

 

まさか、こんな場所で彼に会うなんて。

 

沈黙が二秒ほど、辺りを支配した。

 

「またどこの男とホテルだ?」

 

彼の声は低く、抑えつけられたような冷酷さを帯びていた。

 

「昨夜は遥を一人で家に放っておいたのか?」

 

紗夜は彼から目を逸らし、エレベーターのパネルに表示された数字をじっと見つめる。

 

彼に何かを説明する気にはなれなかった。...

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