第八十二章

紗夜は彼を一瞥した。

辰は観客席の最前列に、平然とした表情で腰を下ろしている。膝の上には遥がちょこんと座り、もう動くつもりはないとでも言うように落ち着いていた。

紗夜はそれ以上何も言わなかった。

これ以上言い争っても意味がない。彼は、二言三言で引き下がるような男ではないのだから。

紗夜は視線を外し、くるりと背を向けてレーシングカーへと歩み寄る。

ヘルメットを被り、バックルを留めた瞬間、外のあらゆる音が遠ざかっていく。

コックピットに滑り込み、指先で計器類を順に確認していく。その動きは洗練されていて、無駄な淀みがない。

エンジンを吹かすと、轟音が足元から響き渡り、車体が微かに震える...

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