第八十六章

その言葉を聞き、紗夜はしばし沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。

 

「お義父様」

 

慌てず、急がず、それでいて一言一言に重みのある声だった。

 

「大学を卒業して黒沢家に嫁いだ時、私は自ら研究室に残る機会を諦め、藤原教授からいただいたプロジェクトの席も手放しました」

 

一度、言葉を切る。

 

「この六年間、二人の子供たちの日常の世話は、すべて私一人でやってきました。瑞樹の食事制限も、遥の心の揺れも、幼稚園の面談も、すべて私です」

 

正雄は何も言わず、ただ彼女を見つめている。

 

紗夜は視線を逸らさず、声のトーンも一切変えずに続けた。

 

「ですが、この家での私の居場所は、まるで家具のよ...

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