第68章 エレベーターでの出会い

田中康介はしばし沈黙し、やがて小さくうなずいた。声は掠れている。

「……分かった。あいつのこと、頼む」

「任せて!」

渡辺莉々は慌てて応じ、口元にかすかな得意げな色を浮かべた。

ただ、田中康介の手にあるスーツケースが視界に入った瞬間、瞳の奥を黒いものがよぎる。

――渡辺美咲は逃げたくせに、まだ康介の心を引っかけてる。ほんと、たちの悪い女。

腹の底でどれほど煮えたぎっていようと、渡辺莉々の笑みはむしろ鮮やかになり、声は甘く柔らかくなる。

「康介、行ってきて。家のことは私がちゃんと守るから」

その言い方に、田中康介はなぜだか胸の奥がざらついた。けれど、どこが引っかかるのか、うまく...

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