第87章 昔日の出来事

田中健人の瞳に期待が宿っているのは分かる。けれど、渡辺美咲にはどうしてもそんな気分になれなかった。

「いいよ。あなたはあなたで食べて。私、いまお腹すいてないから」

「ママ、今回だけ許してよ。チャンスちょうだい。ママと一緒にごはん食べたいんだ」

田中健人は手元のブタの貯金箱を脇に置き、渡辺美咲の怪我をしていないほうの手をそっと握って、ゆらゆらと揺らす。甘える声。しょんぼりした顔。

「ママ、お願い。前のこと、ぼくが悪かった。いまは分かってる。今日はただ、ごはん一緒に食べたいだけなんだ」

渡辺美咲が黙ったままでも、田中健人はめげなかった。

もともと子ども特有の柔らかい声をしているうえに...

ログインして続きを読む