第20章

九条蓮は彼女の隣に腰を下ろした。

問い詰めるわけでも、命令するわけでもない。詩織の毛先に手を伸ばし、指の腹でそっと撫でる。機嫌を取るような、緩やかな動作だった。

「……マーケティング部、やはり君が一番詳しい」彼は言った。「戻りたければ、いつでも戻っていい」

少し間を置き、声を落とす。彼特有の、あの優しい響きを帯びていた。

「君が楽しいのが一番だ」

詩織は顔を上げなかった。

畳んだシャツをスーツケースに収め、折り目を平らに引き伸ばす。その手は止まらない。

——君が楽しいのが一番だ。

その言葉を、心のなかで反芻した。

五年に及ぶ極秘の結婚生活。結婚式も、指輪の交換もない。会社で...

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