第52章

病室に漂う甘やかな空気は、まだ消え去っていなかった。

 

琉璃は枕元に横たわったまま、長い睫毛を伏せた。指先で蓮の袖口をそっとなぞりながら、ふと思いついたように甘い声を出した。

 

「蓮お兄ちゃん――」一拍置いて、彼女は言った。「いつ、正式に婚姻届を出しに行くの?」

 

その瞬間、空気が凍りついた。

 

蓮の身体が微かにこわばる。

 

彼は身を起こした。無駄のない動作で、自分の手首に添えられた琉璃の指先をさりげなく払い落とす。立ち上がり、椅子の背に掛けられていたジャケットを手に取ると、うつむいてボタンを留めた。

 

「約束したはずだ」彼の声は平坦だった。冷たく、落ち着いている。「結婚の話はしな...

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