第70章

夜の雨は、何の前触れもなく降ってきた。

須藤礼が車を道端にしっかりと停めると、エンジンが軽く唸って消えた。振り返ると、詩織はもう手をドアノブにかけていた。表情は穏やかで、ごく当たり前のことをするように。

「詩織」結城玲子が静かに呼んだ。

詩織は答えなかった。ドアを押し開けて、濡れたアスファルトに足を下ろした。

雨が即座に降りかかった――霧雨ではない。激しい、降りしきる雨が、肩に、髪に打ちつけ、瞬く間に彼女を湿った夜の闇に包んだ。

須藤礼が車から飛び降り、傘を開いて駆け寄った。「傘、持って――」

「いりません」

二文字だけ。軽く。

詩織は足を止めず、そのまま前へ進んだ。

須藤礼...

ログインして続きを読む