第11章

結婚して五年。私たちの間には、かつての研究漬けだった日々には夢見ることもできなかった、穏やかで心地よいリズムが生まれていた。私は自宅の書斎で、青川理工大学で担当している神経可塑性の講義レポートを採点し、瑛斗は向かいの席で自分のパソコンに向かっている。彼の会社は二年前に上場したが、彼は私たちのそばにいるために、在宅勤務を選んでいた。

ぱたぱたと、家の中を走り回る小さな足音が聞こえてきて、私は思わず笑みを浮かべた。五歳になる元気いっぱいの娘、梨花は、幼稚園から帰った後は、おもちゃで静かに遊んでいるはずだった。

あくまで『そのはず』、というのがミソなんだけど。

「ママ!」

梨花はま...

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