第1章
午前三時十二分、けたたましい電話の呼び出し音に、浅い眠りから引きずり出された。
ベッドの片側は空っぽだった。雅人は今夜もまた、緊急手術で呼び出されていた。私はまだ眠気の残る頭で、ナイトスタンドを手探りする。スマートフォンの画面が光り、そこに表示された発信者名は『夕陽ヶ丘療養院』だった。
心臓が、一瞬で喉元まで跳ね上がった。
午前三時に療養院から電話なんて、いい知らせのはずがない。
急いで電話に出ると、まだ眠りでかすれた声が出た。「もしもし?」
「佐藤奥さん?」看護師長である沙織さんの切羽詰まった声が聞こえてきた。「夜分に申し訳ありません。ご主人の父上、佐藤良一様が、重篤な心臓発作を起こされまして。今、桜ヶ丘総合病院の救急救命室にいらっしゃいます」
全身の血が一瞬で凍りついた。
「え?」私は身を起こした。頭が真っ白になる。「良一さんが……良一さんが……」
「お亡くなりになりました、奥さん。誠に、お悔やみ申し上げます」
その言葉に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。世界がぐるぐると回るのを感じる。良一さんが……逝ってしまった? 昨日の午後、お見舞いに行ったときには、療養院の煮物が塩辛すぎると文句を言ったり、雅人が会いに来るのを待っていると話したりしていたのに……。
「佐藤奥さん? もしもし?」
「はい、はい、聞いています」私は無理やり自分を現実に引き戻した。「すぐに、そちらへ向かいます」
電話を切った後も、私の手は震えていた。雅人は出張中で、早くても五時まで帰ってこない。空のベッドを見つめていると、言いようのない悲しみが押し寄せてきた。
彼が自分の父親に会いに行ったのは、最後がいつだっただろう。一年? それとも二年?
私は静かにベッドから出て、手当たり次第に服を羽織った。鏡に映った女は青ざめ、その目には涙が溢れそうになっていた。私は深呼吸をして、気をしっかり持てと自分に言い聞かせる。今、取り乱している場合ではない。
病院の救急部門は煌々と明かりが灯り、消毒液の匂いが鼻をついて息苦しい。私は救急部長の森田医師――白髪の混じった中年男性――を見つけた。彼の表情は、私が想像していたよりもさらに沈痛なものだった。
「佐藤奥さん、どうぞお座りください」彼の声は穏やかだったが、その中に罪悪感が滲んでいるのが分かった。
「一体、何があったんですか?」私は手に握ったティッシュを強く握りしめた。「良一さんは……いつもあんなにお元気だったのに」
森田医師は重いため息をついた。「正直にお話しなければなりません。これは、医療過誤でした。当院の研修医、田中杏奈が、お義父様の投薬を誤ったのです。彼女はニトログリセリンを投与するはずでしたが、誤った薬を手に取り、アドレナリンを注射してしまいました」
めまいがした。「それが原因で?」
「お義父様の心臓は、それに耐えられませんでした。アドレナリンが大規模な心停止を引き起こしたのです。我々はできる限りの手を尽くしましたが……」
視界がぼやけ、ついに涙が頬を伝って流れ落ちた。
あの頑固だけど心優しいお爺さん、佐藤良一は、くだらないミスのせいで命を落としたのだ。彼はまだ雅人が会いに来てくれるのを待っていたのに。私の手作りケーキを食べたいと、まだ話していたのに……。
「我々が全責任を負います」森田医師は続けた。「病院の事務部から、今後の手続きについてご連絡差し上げます……」
その後の彼の言葉は、よく聞き取れなかった。私はただ機械的に頷くだけで、頭の中は混乱を極めていた。雅人に知らせなければ。彼はこのことを知るべきだ。冷え切った関係だったとはいえ、良一さんは彼の父親なのだから。
病院を出て、駐車場に立つ。夜風が肌を刺すように冷たかった。震える手で、雅人の携帯電話にダイヤルする。
呼び出し音が長く続いた後、彼が出た。背景から医療機器の音が聞こえる。
「恵美子か?」雅人の声は疲れ切っていた。「こんな時間にどうした?」
私は息を吸い込み、声を平静に保とうと努めた。「雅人、お父さんが亡くなったの」
数秒の沈黙の後、雅人の冷たい声が返ってきた。「今、家に向かっている。帰ったら話そう」
「雅人、聞いて――」私は説明しようとした。亡くなったのは私の父ではなく、彼の父、佐藤良一さんなのだと伝えたかった。しかし、通話は切れていた。
彼が、電話を切ったのだ。
私は誰もいない駐車場で、画面が暗くなったスマートフォンを握りしめて立ち尽くしていた。今まで感じたことのない悪寒が、心の底から這い上がってくる。彼は何があったのか尋ねることさえせずに電話を切った。彼にとって、私の父の死はそれほど些細なことなのだろうか。
どうして、なぜ、と尋ねるための十秒間すら、彼は惜しんだのだ。
午前六時、私は疲れ切った体を引きずって家に帰った。リビングは煌々と明かりがついていて、テレビではスポーツが流れている。雅人はソファに寝そべり、せんべいの袋を片手にビールを飲んでいた。帰ってきたばかりのようだった。
私の腫れた目とやつれた姿を見ても、彼は顔も上げず、ぞっとするほど何気ない口調で言った。「なんだ、良一のじいさん、とうとうくたばったのか。正直、その方が良かったんだよ。もっと安い所に移すべきだって、俺はずっと言ってたんだからな」
私はその場で凍りついた。
彼は、私の父が死んだのだと思っている。
そうだ、私たちの父親は二人とも、名前が良一だった――私の父、水原良一と、彼の父、佐藤良一。私たちはかつて、それを素敵な偶然だと思っていた。だが、今は……。
彼は、自分の父親が死んだことに気づいていない。
それ以上に私を打ちのめしたのは、彼の目には、私の父の死が「良いこと」に映っているという事実だった。
私はリビングの真ん中に立ち、自分が知っていると思っていたこの男を見つめていた。結婚して八年、私たちは愛し合っていると思っていた。しかしこの瞬間、私は彼のことを全く知らなかったのだと感じていた。
「恵美子?」雅人はようやく私に視線を向けた。「どうしたんだ? 何も言わないで」
私は口を開いたが、言葉が見つからなかった。どうやって伝えればいい? 亡くなったのは私の父ではなく、彼自身の父なのだと。彼の父が、最後の瞬間に彼を待っていたのだと。
だが、それよりも重要なのは、私は彼に真実を伝えたいのだろうか、ということだった。
彼の全く無関心な表情を見ていると、ふと、もしかしたら彼は真実を知るに値しないのかもしれない、と思った。
「何でもない」私は自分が冷静にそう言うのを聞いた。「疲れたの。もう寝るわ」
「ああ、休めよ。手続きのことは明日にでもやろう。まあ、大してやることもないだろうが」雅人はテレビに視線を戻した。「あ、それと葬儀屋に連絡しとけよ――安いやつでいいからな」
私は答えず、黙って階段の方へ歩き始めた。
一歩一歩が、刃の上を歩いているようだった。
時に、最も痛みを伴う発見は、死についてではなく、生きている人間についてなされるものなのだ。
