第9章

あれから二年。湘南の海辺にある、こぢんまりとしたクリニックで、私はぱりっとした白衣の襟を正しながら、年配の女性の血圧を測っていた。ベネチアンブラインドから午後の陽光が差し込み、院内を穏やかな光で満たしている。

「恵美子先生は、本当に手つきが優しいわねえ」老婆はにこやかに言った。

私も温かく応えながら、満足感が胸に込み上げてくるのを感じた。『二年前、自分がこんな生活を送れるなんて、想像もできなかった』。この訪問看護ステーションは、私のキャリアの再出発というだけでなく、家族のこともより良くケアできる場所だった。

壁には「愛する父を偲んで」と刻まれた、佐藤良一の写真が飾られている。そ...

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