第3章
愛莉視点
地獄のようなおままごとが三日間。
達也と同じ屋根の下で暮らすというのは、まさにそういうことだった。
茜さんはとても優しい人だった。辛抱強く、優しく、結衣をまるで自分の娘のように可愛がってくれる。なんという皮肉だろう。私の元夫とベッドを共にしている女性だけが、私たちを路頭に迷う運命から救ってくれているのだから。
「愛莉さん、このカルテの整理をお願いしてもいい?」茜さんが束を渡しながら言った。
「はい、大丈夫です」私はそれを受け取った。気が紛れるのはありがたかった。
診療所のドアチャイムが鳴った。達也が入ってきた瞬間、室温が一気に十度も下がったような気がした。午前中は往診に出ていたのだろう。黒髪は少し乱れ、シャツの袖をまくり上げている。
「高橋さんの様子はどうでした?」パソコン画面に目を釘付けにしたまま、茜さんが尋ねる。
「問題ない。血圧も安定していたよ」声のトーンは完全に仕事モードだったが、その視線は私を捉えて離さなかった――冷徹で、計算高く、まるで私をどう破滅させてやろうかと画策しているかのような目だ。
私はカルテの山に顔を埋めるようにして作業を続けたが、仕分ける手は震えていた。こんなくだらない駆け引きが三日も続いて、もう精神的に限界だった。
「あ!」茜さんが声を弾ませた。「高橋さんといえば、診療所のためにこれを持ってきてくださったんですよ」彼女は受付カウンターに置かれた手作りのクッキーに視線を向けた。
達也の表情が一変し、瞳の奥に何やら狡猾な光が宿った。「実はね……」彼はそのクッキーを手に取り、私が見たら反吐が出るような笑顔を浮かべて茜さんに向き直った。「これを見て思い出したんだ。今日は僕たちの二周年記念日だろう? 初めてのデートの時君が作ってくれたクッキー、覚えてるかな?」
茜さんの顔がぱっと輝いた。「達也! 覚えててくれたの!」
「忘れるわけがない」彼は一歩近づき、声を落とした。かつて私が渇望してやまなかった、あの滑らかで甘い響きだ。「君を僕の人生に迎え入れたことこそ、僕が下した最高の決断だよ」
彼がクッキーを食べさせてあげると、茜さんは幸せそうな表情で「とても美味しい」と言った。
その直後、達也は茜さんの手を取り、軽く頬にキスをした。私の目の前で。茜さんが恥ずかしそうに微笑むのを見て、私は胸の奥が締め付けられるのを感じた。
「まあ、お熱いことね」待合室から白石さんが声をかけた。「いい年して、まだそんなに仲がよろしいなんて」
茜さんが頬を染める。「白石さん!」
「何よ。私なんて結婚して三十年、もうとっくに――」
「白石さん、診察の準備ができました」私は慌てて話を遮った。
私は急いで老婦人を診察室へ案内した。そうでもしなければ、その場にいられそうになかったから。
振り返ると、達也はまだ茜さんの手を握っていた。その視線が私を捉える。無言のメッセージは明白だった。「これが君の失ったものだ」
「達也さん、ありがとう」茜さんが小さく囁いた。
「こちらこそ」彼は優しく微笑んで、私に一瞥をくれた。「それじゃあ、仕事に戻ろう」
「はい」茜さんは彼の手を軽く握り返した。「また今度」
「ああ、また今度」
その夜、私は客間のベッドに横たわっていた。隣では結衣が安らかに眠っている。ようやく体調も回復し、健康な顔色を取り戻していた。
体は疲れているはずなのに、眠れなかった。目を閉じるたびに、達也と茜さんの親しげな様子が頭に浮かぶ。
結衣を起こさないよう、そっとベッドを抜け出してキッチンへ向かった。
その時、二階から微かに声が聞こえてきた。楽しそうな会話の声。茜さんの笑い声も混じっている。
胸が痛んだ。すぐに部屋に戻るべきだった。
でも、私はその場に立ち尽くしてしまった。上からは時折、二人の話し声や笑い声が漏れ聞こえてくる。
五年前、あの笑い声は私に向けられていた。あの優しい声も、あの温かい手も――すべてが私のものだったのに。
今、茜さんがそのすべてを手にしている。
私は静かに部屋へ戻った。失ったものの大きさを改めて思い知らされ、胸が締め付けられた。
ベッドに潜り込むと、結衣がもぞもぞと動いた。「ママ? 大丈夫?」
「平気よ、いい子ね。もう一度おやすみ」
彼女が身を寄せてきたので、私はその小さな体を強く抱きしめた。その温もりが、胸に広がる冷たい孤独を追い払ってくれることを祈りながら。
一週間後、町はたちの悪いインフルエンザの流行に見舞われた。茜さんは目の回るような忙しさで、私は備品の整理やカルテの更新のために連日夜遅くまで残っていた。
薬品棚の補充に向かったのは、もう十時を過ぎた頃だった。書類仕事で背中が痛むが、仕事をしている間は余計なことを考えずに済む――他の、あらゆることから逃げられる。
廊下に足音が響いた。
「まだいたのか」
達也の声に私は凍りついた。ガーゼの箱に伸ばしかけた手が宙で止まる。
「もう終わるわ」私は振り返らずに答えた。
「貸せ」
彼は私の背後に立ち、頭上へ手を伸ばした。その胸板が私の背中に触れる。
「俺が取る」
箱が下ろされ、ほんの一瞬、私たちは狭い空間で身を寄せ合うことになった。
息が詰まる。彼の手は私の頭上の棚に残ったままだ。
「茜さんはシャワー中だ」彼は静かに言った。まるでそれがすべての説明になるとでもいうように。
私は頷いた。言葉が出てこない。
私を閉じ込めるように、彼のもう片方の手が腰の横の棚に下ろされた。「また手が震えてるぞ」
「平気よ」
「嘘つけ」彼の吐息が耳にかかる。「お前について言えることは山ほどあるが、愛莉、『平気』ってのはその中にはない」
私は振り返った――それが大きな間違いだった。
至近距離で顔を合わせることになり、あの灰色の瞳が私の全てを見透かしてくる。
「達也……」私は囁いた。
彼の手が持ち上がり、頬に触れそうになったところで、ふっと離れた。
「達也? 下にいるの?」二階から茜さんの声がした。
彼はまるで火傷でもしたかのように私から離れた。「ああ、戸締まりを確認してただけだ」
「はーい!」
彼は無言で階段へ向かった。
私はその場に残り、在庫チェックを終わらせた。
一時間後、階段を降りてくる足音に、私は備品棚から目を離した。
達也が入り口に立っていた。髪は乱れ、シャツの裾は出ている。恋人とベッドを共にした直後の姿だ。
「話がある」彼はドアを閉めた。
「話すことなんて――」
「なんでここにいる?」彼は大股で歩み寄り、私を棚に押し付けた。「なんで今なんだ、愛莉? 一体全体、なんでまた俺の人生を滅茶苦茶にしに戻ってきた?」
「滅茶苦茶になんてしてない!」
「でたらめを言うな」彼の両手が私の顔の横の棚を叩いた。「突然同情を誘うような話を持ち込んで現れやがって。おかげでこっちは冷静でいられない。何も手につかないんだ、ただ――」
「ただ、何?」
彼の視線が私の唇に落ちた。「何でもない。こんなの、何でもないんだ」
「じゃあ、どうして私を殺したいような顔をしてるの? それとも……」私は唾を飲み込んだ。「別のこと?」
「やめろ」唸るような声だった。「それ以上言うな」
「何が? 私は何もしてない。あなたの方が――」
彼は私の言葉を唇で塞いだ。
そのキスは暴力的だった――怒りに満ち、荒々しい。五年分の痛みと激怒が注ぎ込まれ、唇がぶつかり合い、歯が触れ合う。必死だった。彼は私の髪を鷲掴みにし、飢えた獣のように貪りながら、私の顔を上向かせた。
私も同じ強さでキスを返した。頭ではやめろと叫んでいるのに、指は彼のシャツを掴み、さらに引き寄せている。
唇が離れた時、私たちは二人とも肩で息をしていた。
「クソッ」彼は私の唇のすぐそばで低く呟いた。
「達也、だめよ――茜さんが――」
「茜ならぐっすり眠ってるよ」彼の親指が私の下唇をなぞる。「疲れ果てたんだ。俺が……たっぷりと可愛がってやった後だからな」
その言葉は冷たく、計算され尽くしていて、私の胸を鋭く刺した。
「最低……」
彼の表情が硬化し、仮面が元に戻った。「出たな。それが本当のお前だ」
彼はシャツを直し、突然突き放すような態度に戻った。「おめでとう、愛莉。望み通りになったな」
「私が望んだこと?」
「まだ俺がお前の掌の上にいるって証明したかったんだろ。五年前に騙された時と同じ馬鹿なままだってな」彼は苦々しく笑った。「メッセージは受け取ったよ。お前はまだ俺を狂わせることができる。これで満足か?」
涙が目に滲む。「そんなつもりじゃ――」
「違う? じゃあ何だ? 愛か?」彼は顔を近づけ、悪意のこもった声で囁いた。「結末はわかってるだろ。お前は欲しいものだけ奪って、あとは何もかも台無しにして去っていくんだ」
「あなたはわかってない――」
「よくわかってるさ」彼は軽蔑の眼差しで私を見下ろした。「お前は相変わらず、世界は自分の悲劇を中心に回ってると思ってる身勝手で計算高い女のままだ。昔と変わらず、安っぽいな」
「くそ野郎」私は涙を流しながら囁いた。
「もう済んだ話だ。あの時も価値はなかったが、今夜ので確信したよ。時間の無駄だった」
ドアがカチャリと閉まり、私は唇に残る裏切りの苦い味と共に一人取り残された。
