第3章
一週間後は学院の獣人競技大会だ。
私は棄権するつもりだったが、透はどうしてもと首を縦に振らず、参加を強く主張した。
仕方なく、戦闘のない治癒部門にエントリーすることにした。
透は治癒展示エリアに立ち、蒼白な顔に緊張した笑みを浮かべている。彼は深呼吸し、治癒の光を喚び起こそうとした。
その時、観客席から一筋の銀光が空気を切り裂いた。
プシュッ——
透の目の前で何らかの粉末が炸裂し、鼻をつく刺激臭が瞬く間に鼻腔へと流れ込む。
透の瞳孔が、急激に拡散した。
あれは猫科の獣人が最も恐れる抑制香料——「龍涎草」だ! 彼の体は糸の切れたマリオネットのように平衡感覚を失い、方向感覚も消滅し、傍らに直立する鋭利な器具の方へと真っ直ぐに倒れ込んでいく。
私は弾かれたように立ち上がり、鋭い視線で背後を射抜く。
美雪が何食わぬ顔で袖口に手を隠したところだった。その口元には、勝ち誇ったような笑みが張り付いている。
(やっぱり、前世と同じで悪辣な女)
内心で冷笑しながらも、私の体はすでに動いていた。
「透! 危ない!」
透は無理やり舌先を噛み切り、激痛で意識の糸を手繰り寄せた。
白い光が彼の体から迸る。
透は強制的に白虎の姿へと変身した。その巨体を空中で強引に捻り——あの棘から逃れるためではなく、こちらへ駆け寄る私の方へと飛び込んできたのだ。
ドォン!
巨大な白虎が私をその身の下に庇い、背中からあの棘の列へと激突する。
グシュッ——
鋭い棘が白虎の背を貫いた。本来なら私の心臓を刺すはずだった刃が、すべて透の体に突き刺さっている。泉のように血が噴き出し、雪のような白虎の毛並みが、瞬く間に触目惊心な赤へと染まっていく。
「透!」
私はその場に跪き、震える両手で白虎の頭を抱きしめた。
生温かい血液が私の衣服を浸していく。その粘り気のある感触に、心臓が鷲掴みにされたように痛む。この感覚……この、本当の意味での胸の痛みは……前世では一度も感じたことのないものだった。
白虎がゆっくりと目を開ける。その琥珀色の瞳に、私の顔が映っていた。
彼は苦しげに口を開き、弱々しい声を絞り出す。
『君は……俺を信じてくれた、初めての人だから……』
『だから……君を傷つけるわけには……いかない……』
喉が締め付けられたようで、言葉が出ない。私はただ彼を強く抱きしめ、次第に弱まっていく鼓動をその身で感じることしかできなかった。
「道を開けてください! 救護班!」
審判の声が響く。
七、八人のスタッフが駆け寄り、透を担架に乗せた。私は担架の縁を死に物狂いで掴み、体育館を飛び出した。ドレスの裾は血まみれだったが、そんなことはどうでもよかった。
学園の医務室前の廊下には、消毒液の匂いが充満している。
私は扉の外に立ち、壁に手をついていた。爪が壁に食い込むほど強く。中からは透の押し殺したような呻き声が聞こえ、その一つ一つがナイフのように私の心を切り刻む。
「おや、千夏じゃないか」
聞き覚えのある声。
猛然と振り返ると、美雪の腰を抱いた司が、悠然と歩いてくるところだった。司は閉ざされた医務室の扉を一瞥し、軽蔑の色を浮かべて笑う。
「契約獣人が怪我をしたんだって?」
司は私の前まで来ると、居丈高に見下ろして言った。
「哀れなもんだな。言っただろう、弱者を選べば相応の報いを受けると」
美雪は俯いているが、その口角が上がるのを抑えきれていない。
「だが……」
司は不意に顔を近づけ、瞳に打算的な光を宿して言った。
「チャンスをやってもいいぞ」
「千夏、これが弱者を選んだ末路だ」
彼は施しを与えるかのように自分を指差し、次に美雪を指差した。
「どうだ、俺たち三人で再契約しないか? お前が正契約者、美雪が副契約者として、二人で俺に仕えろ。そうすれば、もうあの廃棄物(ゴミ)の心配をしなくて済む」
美雪はタイミングを見計らったように顔を上げ、瞳に涙を浮かべた。
「お姉様……私も、お姉様のためを思って……」
目の前の二つの偽善的な顔を見つめ——私はふと、笑みを漏らした。
それは、凍てついた氷のように冷たい笑みだった。
「司、世界中が自分の周りを回っているとでも思っているの?」
私は一言一句、毒を含ませるように告げる。
「どいて」
司の顔色が瞬時に土気色に変わる。
「きさま——」
「どいてと言ったの」
顔を上げると、私の瞳の奥では氷のような怒りの炎が燃え盛っていた。
私は司を突き飛ばし、医務室のドアを押し開け、バタンと音を立てて閉ざした。
廊下には、顔を歪めた二人が取り残された。
夜の闇に包まれた高嶺家の屋敷。
私は司の制止を無視し、強引に透を医務室から連れ帰った。私の自室のベッドで、透は背中に包帯を何重にも巻き付けられて横たわっている。顔色は紙のように白く、額にはじっとりと脂汗が滲んでいた。
私はベッドの脇に跪き、彼の手首に残った血痕をぬるま湯で慎重に拭き取る。
「千夏様……」
透が虚ろな目を開けた。
「どうして……俺なんかに、ここまでしてくれるんですか……」
私の手が止まる。うつむいて透の白い手の甲を見つめると、喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきた。
前世の罪悪感が、潮のように押し寄せる。
「あなたには、それだけの価値があるからよ」
私は静かに答えた。
透は呆然と私を見つめていたが、やがてそっと手を伸ばし、私の手の甲に触れた。その指は冷たかったが、優しい力が込められていた。
「過去に何があったとしても」
彼は静かに、しかし瞳に確固たる光を宿して言った。
「今、俺たちはここからやり直すんです」
私は弾かれたように顔を上げ、彼の澄んだ瞳と視線を交わす。
気づいていたの? 私の異常に、気づいていたというの?
その時、透が突然激しく咳き込んだ。口元を押さえた指の間から、どす黒い血が吐き出される。
私の瞳孔が収縮した。
その血溜まりの中で、黒い斑点が蠢いているのが見えたからだ。
「毒……美雪の暗器に、毒が……」
私の声が震える。
私は顔を上げた。その瞳には、天を焦がすほどの怒りの炎が宿っていた。あの黒い斑点は慢性毒だ。少しずつ、透の体を蝕んでいく。
「透」
私は彼の手を固く握りしめ、鉄のように揺るぎない声で告げた。
「私を信じて。絶対に、あなたを助けてみせる」
