第1章

成瀬耀の誕生日。彼を祝うために急いでいたその道すがら、私は交通事故に遭い、即死した。

肉体は焼け焦げて炭と化したが、魂は「残響」と呼ばれる妄執へと姿を変え、成瀬耀の元へと舞い戻った。

最期に一目、彼に会いたい。ただそれだけを願っていたのに、私の目に映ったのは、彼が三城香澄を私達のマンションに連れ帰る姿だった。

玄关の人感センサーが灯る。香澄が纏う薄手のワンピースは雨に濡れて透け、肢体に艶かしく張り付いていた。

彼女はまるで世界中から見捨てられたかのように、耀の腕にすがりつき、小刻みに震えている。

「耀君……私を助けてくれるのは、もうあなたしかいないの……」

耀は彼女を拒まなかった。壊れやすい磁器でも扱うかのように、優しく肩を叩き、低い声で宥め透かす。

普段は怜悧で克己的な成瀬耀が、唯一彼女の前でだけ見せる、胸が締め付けられるほどに甘い表情。

覚悟はしていたつもりだった。だがその光景を目の当たりにし、私の魂は鋭い棘で刺されたような激痛に襲われた。

三城香澄が大企業の役員の愛人として本妻に現場を押さえられ、その醜聞が露見して以来、耀は変わってしまった。

努めて平静を装っていたようだが、彼が心ここにあらずなのは明白だった。香澄のあられもない写真やチャット履歴がネットで拡散され、資産は凍結、かつての友人たちも次々と彼女をブロックしていく中、耀の帰宅頻度は激減し、私への態度も日に日に余所余しくなっていった。

私たちが最も激しく衝突したのは、追い詰められた香澄を一時的にこの部屋に住まわせたいと、彼が言い出した時だ。

「香澄の親父さんには恩があるんだ。あんな状態で路頭に迷っている彼女を、見殺しにはできない」

あの時、私は充血した目で彼を睨みつけた。

「本当にただの恩返しなの?」

耀は吸っていた煙草を揉み消し、私の視線から逃げるように顔を背けた。

「君と結婚すると言っただろう。紗良、一体何を不安がっているんだ」

何を不安がっているかだと? そんなこと、彼自身が誰よりも理解しているはずなのに、白々しくとぼけてみせたのだ。

その夜、私は感情の堤防が決壊し、初めて別れを口にした。

耀の表情が瞬時に凍りついた。彼は私を乱暴に引き寄せ、骨が軋むほどの力で抱きしめると、命令するような口調で言った。

「二度と、別れるなんて言うな」

彼は誓った。

「香澄は一時的な居候だ。ほとぼりが冷めたら別の場所を手配する。俺と彼女の間には何もない」

私は涙を堪え、捨て台詞のようにこう言い放った。

「私がそれを認めるのは、私が死んだ時だけよ」

結果、私は本当に死んだ。

そして耀は、本当に香澄を連れ帰ってきた。

リビングのソファ――私の定位置だった場所に、耀は香澄を丸まらせた。

ネットの誹謗中傷と借金取りの脅迫により、香澄の精神は限界を迎えていた。些細な物音にもビクリと肩を震わせる。

「大丈夫だ。今はここでゆっくり休めばいい」

耀は彼女の背中を優しく撫でる。怯えた子供をあやすような、低く、甘い声。

香澄は唯一の浮き木にすがるように、彼の手を握りしめて離さない。

その温かな光景に、私の心臓は鷲掴みにされたかのように収縮し、次いで酸っぱい痛みが全身に弾けた。

数年前、耀の両親が事故で急逝し、巨額の負債が残された日々の記憶が蘇る。

あれは彼の人生で最も暗い半年間だった。不眠に苛まれる彼の傍らで、私は一睡もせずに夜を明かし、髪を撫で、耳元で「私がいるよ」と繰り返した。

あの時、耀は赤い目で私に言ったのだ。

「紗良、俺のそばにいてくれるのは君だけだ。これからは君だけに依存する。絶対に大事にするから」

君だけに依存する、と彼は言った。

今ならわかる。あの脆弱な瞬間において、私はただの「代用品」に過ぎなかったのだと。

正真正銘の「本物」が傷ついて戻ってきた今、私の存在など埃ほどの重みもなくなってしまった。

息ができない。この場から逃げ出したい。

二人がよりを戻す瞬間など見たくない。ましてや、その先の抱擁、あるいは……。

最悪の想像が脳裏をよぎり、事故の時以上の激痛が霊体を貫く。私は裏切りの匂いが充満するこの部屋から逃れようと、玄関のドアへ向かって死に物狂いで突進した。

だが、出口に触れようとした刹那、魂が生木を裂かれるような激痛に見舞われた。

悲鳴すら上げられないまま、不可視の暴力的な力によって、リビングの中央へと引き戻される。

何度試みても同じだった。私は絶望のあまり宙で力尽き、一つの残酷な事実に気づく。

――私は、この部屋から出られない。

正確には、成瀬耀のそばに縛り付けられるという呪いにかかり、この焼け木杭に火がつく茶番劇の、唯一の観客になることを強いられたのだ。

私は感情を殺し、ソファの上の二人を見下ろした。

少し落ち着きを取り戻したのか、香澄は耀の胸に身を預け、涙に濡れた瞳で見上げている。

「耀君、私……まだあなたの心にいられるかな?」

耀はしばしの沈黙の後、複雑な色を宿した瞳で答えた。

「君の選択を憎んだこともあった。だが……忘れたことなんて、一度もなかった」

私は自嘲気味に口角を吊り上げた。

香澄の瞳に微かな歓喜の色が宿る。だが彼女はすぐに、追い打ちをかけるように尋ねた。

「じゃあ、紗良さんは? あんなに長く一緒にいたのに、彼女のことは……」

耀の動きが止まる。彼は何かを言おうとして口を開閉させた。

その躊躇いを、香澄は見逃さなかった。

次の瞬間、彼女は顔を上げ、自ら耀の唇を奪った。

耀の体が一瞬強張る。だが、彼は拒絶しなかった。それどころか、香澄の後頭部に手を回して引き寄せ、その口づけをより深いものへと変えていく。

強烈な吐き気と怒りが込み上げる。もし肉体があれば、その場にすべてをぶちまけていただろう。

「耀君、みんな私を捨てたの。あなただけは捨てないで……」

香澄は彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。

「紗良さんへの気持ちはただの習慣と感謝でしょ? あなたが本当に愛しているのは私……」

彼女の震える指が、耀のシャツのボタンに掛かる。

その時、耀が強く彼女の手首を掴んで制止した。

「駄目だ」

その声は熱を帯びて掠れていたが、確固たる拒絶があった。

香澄は理解できないといった様子で、涙を溜めたまま彼を見る。

「紗良さんに悪いから?」

心臓などもうないのに、私もまた、彼を凝視していた。

耀は伏し目がちに、香澄の熱っぽい視線を避けるようにして呟く。

「香澄、今の俺には恋人がいる。こんなことをすれば、君のためにならない」

香澄は呆気に取られた後、何かを悟ったように殊勝に頷いた。

「わかった。私、待ってる」

私もすべてを悟った。死してなお、涙は枯れることなく、大粒の雫となって床に落ちる。

耀の言葉は、私への操を立てるためではない。

すべては、香澄のためなのだ。

私はまだ、彼名義の婚約者だ。もし今ここで関係を持てば、香澄は「不倫相手」の汚名を着せられ、世間から道徳的な石礫を投げられることになる。

彼は、理性が焼き切れそうなこの状況下でさえ、細心の注意を払って彼女を守ろうとしているのだ。彼女に一点の染みもつかないように。

それほどまでに、彼は彼女を慈しみ、大切に想っている。

そして私は、彼らの純愛の前に立ちはだかる、ただの邪魔な「障害物」に過ぎないのだ。

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