第68章 彼女は一切の思い出を残さない

伊沢赤司はソファから立ち上がり、ついでに伊沢婆さんの腕を支えようとした。

だが伊沢婆さんは、さっと手を引いて鼻を鳴らす。どうやら相当ご不満らしい。

そんな祖母の態度に、伊沢赤司はただただ困り果てた。

祖母の中では――まるで綾部栞のほうが本当の孫娘みたいだ。

食卓では、綾部栞が綾部父の隣に座り、伊沢赤司は彼女の向かいに腰を下ろした。伊沢赤司と綾部父は仕事の話をし、綾部栞と伊沢婆さんは女同士の話題で盛り上がる。互いに干渉せず、それでいて不思議と和やかだった。

太田おばさんは、その四人を眺めながら首を傾げる。

綾部栞と伊沢赤司がまだ離婚する前、伊沢赤司が綾部家に顔を出すことなど数えるほ...

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