第8章 条件

「俺たち、まだ離婚してない」

綾部栞は華奢な体つきで、男物のスーツの上着にすっぽり包まれると、いっそう小さく見えた。

伊沢赤司はその上着をきつく握りしめ、黒く深い瞳の奥にかすかな怒気を滲ませる。

目の前で自分の妻が他の男と意味ありげに視線を交わす――そんなことを許せる男などいない。しかも今日の綾部栞は、明らかに彼の一線を踏み越えていた。

「分かった」

綾部栞がそっと上着を引くと、伊沢赤司は眉を寄せたまま手を放した。

彼女は赤い唇をかすかに結び、伏せたまつげの下で彼の表情を見ないようにして、そのまま男の脇を通り過ぎる。

あまりにも淡々としたその返しが、かえって伊沢赤司の神経を逆撫...

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