第75章 位置を譲る

鈴木七海の心は冷え切っていた。

なるほど、中村健がこれほど心配するのは、鈴木南が病気の時だけなのだ。

この五年、自分が病気になったことがなかったわけではない。だが、中村健が一度でも気にかけてくれたことはなかった。

鈴木南は鈴木七海をちらりと一瞥し、その瞳にはどこか得意げな色が浮かんでいた。

鈴木七海は車のドアを開け、冷ややかに車を降りた。

ドアはすぐに閉まり、車は風を切るように走り去っていく。

鈴木七海は土砂降りの中に立ち尽くし、瞬く間に全身ずぶ濡れになった。

思わず、ぶるりと身震いする。

雨の夜の風とは、これほどまでに冷たいものだったのか。

目の前は中村健の別荘だが、そち...

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