第238章

水無瀬柚季はサインペンを走らせていた。すでに百人以上に対応したが、まだ半分近く残っている。これをすべて書き終えれば、今日のサイン会は無事終了となる。

 その時、耳元で遥子の叫び声が響いた。

「姉さん、危ない!」

 水無瀬柚季が顔を上げると、見知らぬ男の形相が視界に飛び込んできた。顔を歪めたその男を認識する間もなく、彼女は誰かに激しく突き飛ばされた。

 車椅子から転げ落ち、地面に尻餅をつく。

 同時に、鼻をつく刺激臭を放つ正体不明の液体が宙を切り、彼女の衣服の裾にわずかに飛散した。

 ジュッ、と音を立てて布地が腐食し、白い煙が立ち上る。

 会場は一瞬にしてパニックに陥った。

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