第2章
私のために歓迎パーティーを開き、皆に正式にお披露目してくれるのだという。
その宴は、想像していたよりも盛大なものだった。
秋葉家のバンケットルームは鮮やかな生花とクリスタルのシャンデリアで彩られ、少なくとも五十人の招待客が集っていた。
誰もが煌びやかな衣装を身にまとい、優雅に振る舞っていた。
入口に立ちすくんでいた私は、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えた。
「さあ、いらっしゃい、夜月」
凛奈は私の腕を取ると、その爪をこっそりと皮膚に食い込ませて、思わず悲鳴を上げそうになるほどの痛みだ。
「緊張しないで。私についてくればいいのよ」
私が小さく頷き、乱れそうになる呼吸を必死に整えた。
美しいドレスだが、息が詰まるほどきつく締め付けられ、歩くたびにハイヒールが足に擦れてひりひりと痛む。
わざとサイズを小さく作られたのか、それともドレスに慣れていないせいなのか、今の私には判断がつかなかった。
凛奈がグラスを差し出してくれた。
「特製のカクテルよ。口当たりが優しくて、あなたみたいな『初心者』にはぴったりだわ」
彼女が『初心者』という言葉を強調すると、周りにいた令嬢たちも口元を隠してクスクスと笑った。
私はグラスを受け取り、礼儀正しく感謝の言葉を述べた。
液体は魅惑的なピンク色をしていて、フルーティーな香りが漂ってた。
一口啜ってみると、確かに味は悪くない。
だが直後、喉の奥からカッと熱いものが広がり、普通のカクテルとは比べ物にならないほどの強烈な刺激が襲ってきた。
「少し……強いかも」
喉が焼けつくように痛くて、私は掠れた声でそう言った。
凛奈はただ微笑んで私を促した。
「もう少し飲めば慣れるわよ。今夜はあなたの歓迎会なんだから、もっとリラックスしなきゃ」
勧められるまま、私はさらに数口飲み進めた。
すぐに目眩がして、部屋がぐるぐると回り始めた。
私がようやく気付いた。
アルコール度数は、凛奈が言ったよりも遥かに高いのだと。
「皆様」
秋葉家の父が再びグラスを掲げた。
「娘の夜月に、一言挨拶をさせたいと思います」
凛奈に背中を強く押され、私は前のめりに転びそうになった。
「行って。感謝の言葉を述べるだけでいいの。皆待ってるわよ」
唇の端が微かに吊り上がった彼女のの瞳は、恥をかかせる悪意に満ちていた。
途端に、会場中の視線が一斉に私に突き刺さった。
何とか踏みとどまり、ホールの中央へと歩き出した。
まるで足に鉛を詰め込まれたように重い。
誰もが期待の眼差しを向けてくるが、私の思考はすでに混濁していた。
「えっと……皆様の歓迎に……感謝して……」
言葉を紡ごうと必死になるが、呂律が回らない。
「家族ができるなんて……思ってもみなくて……このすべてが……あまりに……」
グラリと体が揺れ、私はその場に崩れ落ちそうな瞬間。
給仕の一人が駆け寄り、私を支えた。
人混みの中から、あからさまな嘲笑や囁き声が聞こえてきた。
「まともに立つことさえできないようね」
「あれが秋葉家が見つけ出した令嬢か?まるで笑い草だ」
「あんな高価なドレスを着て、酔っ払いみたいにふらついて」
耳障りな言葉の数々が鼓膜を打ち、屈辱で頬が火照ってた。
父に視線を向けると、その目にあった誇らしさは失望へと変わって、母もうつむき、私の無様な姿を。
やり直したい。
恥ではなく、誇りを感じてもらえるような娘でありたかったのに。
傍らに立つ凛奈は、顔にこそ白々しい心配の色を浮かべているが、その背筋は目的を遂げた満足感でピンと伸びて、全身から言葉にせずとも分かる勝利の気配が漂っていた。
彼女は歩み寄って私を支えると、再びその爪を二の腕に食い込ませた。
「夜月は少し興奮しすぎたみたいです。部屋で休ませてきますわ」
彼女に支えられながら会場を後にして、よろよろと覚束ない私の足取りは、さらなる冷ややかな視線を招いた。
部屋に戻ると、凛奈はドアを閉め、小さく溜息をついた。
「妹さん、早くこの家に馴染んでちょうだいね。いつまでも恥をさらされては困るもの」
彼女は踵を返して部屋を出て、去り際に甘い声でこう言い残した。
「おやすみ、妹さん。今夜はいい夢を」
扉が閉まった後、廊下から使用人たちの話し声が漏れ聞こえた。
「あの新しいお嬢様、本当に……秋葉家の方とはとても思えませんね」
「カフェで給仕をしていたそうですから、振る舞いが下品なのも無理はありません。その上、泥酔するなんて、見っともない」
別の声がそう応じた。
ベッドの上で身体を丸め、声もなく涙をこぼした。
家族が見つかれば、幸せが始まると信じていた。
なのに、どうして今は、かつてのどんな時よりも深い孤独を感じているの?
