第4章
秋葉家において、私は完全に浮いた存在だった。友人もいなければ、心から私を気にかけてくれる人間など皆無に等しい。
だが、ここを去ろうとするたび、秋葉家はいつも何らかの手段を用いて私を引き留めるのだ。
ある日、孤児院の元院長先生から一通の手紙が届いた。私の近況を尋ねる内容だった。
それは私にとって暗闇に差す唯一の心の拠り所だったから、縋るような思いで急いで返事した。
しかし数日後、院長からの電話は恐ろしく冷たい声だった。
「夜月、どうしてこんな風に私たちを侮辱するの。もう連絡を取りたくないならそう言えばいい。あんな酷い嘘をつく必要なんてないでしょう」
「嘘?何のことですか?」
私は困惑し、問い返した。
「手紙に書いてあったじゃない。あなたを虐待し、食事も与えず、お金まで盗んだって!よくもそんな嘘を」
あまりのショックに言葉を失いかけた。
「そんなこと書いていません!私の手紙には、感謝と、会いたいという気持ちしか書いていないのに!」
だが、院長はすでに一方的に電話を切っており、二度と私の電話に出てくれることはなかった。
私は半狂乱になって手紙の下書きを探したが、それらはすべて忽然と姿を消していたのだ。
これによって、過去との繋がりを完全に断たれてしまった。
誰か一人でいい、私を信じてほしかった。
たとえ両親のどちらかだけでも。
夕食の席で、私はありったけの勇気を振り絞り、母にその話を切り出した。
「お母様」
私は声を潜め、言葉を慎重に選びながら言った。
「少し、二人だけでお話ししたいのですが」
庭園を散歩し、私は孤児院での出来事をすべて打ち明けた。
「夜月」
母は優しく私の手を握りしめた。
「あなたを信じるわ」
たったその一言で、涙が泉のように溢れ出した。
ようやく、私を信じてくれる人が現れたのだ。
やっぱり、お母様なら信じてくれると思っていた!だってお母様なのだから!
「お父様とも話してみるわ。一緒に解決しましょう」
彼女はそう約束してくれた。
けれど翌日、母は目をそらして、どうやら葛藤があったようだが、結局彼女が告げた事実は残酷なものだった。
院長と電話で話し、院長が私の主張を否定し、「私」が書いたとされる手紙のコピーを送ってきたのだという。
「夜月、嘘はいけないわ」
母に厳しい口調で𠮟られた。
「院長先生には今までお世話になったのでしょう。感謝こそすれ、作り話をしてまで気を引こうとするなんて」
心が、音を立てて砕け散った。
またしても凛奈が、私と母の仲を引き裂くことに成功したのだ。
芽生えかけた信頼と温もりは、無慈悲にも奪われた。
続いて秋葉家主催の社交イベントが続いたが、凛奈はどの場面でもわざと私が嘲笑われるようにした。
お茶会では、彼女が「うっかり」私の白いワンピースに紅茶をこぼして、その茶色い染みは、まるで私が粗相をしたかのように見えた。
「まあ、夜月!本当にごめんなさい!」
大げさに謝罪した彼女は、わざと声を張り上げて周囲の注目を集めた。
ゴルフクラブでは、誤った指導をしてくれたせいで、私の打球は大事な顧客の背中を直撃してしまった。
「夜月はゴルフを習ったことがなくて。皆様、どうかご容赦ください」
微笑みながらそう言ったが、その口元には隠しきれない嘲笑が浮かんでいた。
最も残酷だったのは、私が秋葉家の財産を狙っているという噂を流されたことだ。
「可哀想な夜月。小さい頃から愛に飢えていたから、今や過剰に注目と物質的な補償を求めているのよ……私たちも理解しているけれど、時々度が過ぎるのよね」
彼女は同情を装って社交界の友人たちにそう吹聴した。
すぐに社交界全体が私を奇異な目で見るようになった——あの強欲で、恩知らずな余所者、と。
最後は使用人からも疎まれる。
私の部屋の掃除は適当で、頼み事は「忘れられ」、私の存在はただの重荷でしかないようだった。
ある時、執事が新入りのメイドに話しているのを偶然耳にした。
「あの夜月様には気をつけた方がいいですよ。癇癪持ちですぐ怒鳴り散らすんですから。先週も高価な茶器を割って、人のせいにしたばかりです」
完全なでっち上げだ!
あの茶器は凛奈にわざとぶつかられて落とされ、罪を擦り付けられたものなのに。今や家族全員が私のせいだと信じ込んでいる。
何より辛いのは、両親も明らかに凛奈を贔屓し始めたことだった。
「夜月、もっと凛奈を見習いなさい。あの子はあんなに優雅で、気配りができるのに」
母はいつもそう言う。
「凛奈は家族のためにこれだけ貢献している。それに引き換えお前は……」
父の言葉は最後まで続かなかったが、意味は明白だった。
家族の集まりでは、私の席はいつも末席に追いやられ、会話の中心からも、決定権からも遠ざけられた。
凛奈は父の右隣に座り、全ての重要な話し合いに参加している。
「夜月にはこういう話、あまり興味がないようだから」
凛奈はいつもそう言って私の代わりに答え、私の発言権を奪っていく。
徐々に、私は家の中で透明人間みたいな存在になっていた。
無視され、疎まれる、歓迎されない幽霊のように。
唯一の希望は、婚約者の森田朔也だった。
政略結婚とはいえ、彼は少なくとも礼儀正しく接してくれた。
ある日、私は勇気を出して彼をランチに誘って二人きりで話がしたかったのだ。
彼はメッセージで承諾し、高級レストランで待ち合わせることになった。
三十分も前に到着し、念入りに身支度を整えてその時を待った私の前に。
現れた森田朔也の腕には、なんと凛奈が絡みついていたのだ。
「あら、奇遇ね、夜月」
凛奈は驚いたふりをしたが、その表情には隠しきれない得意げな色が滲んでいた。
「森田さんが個展に付き合ってくださるというから。まさかあなたもここにいるなんて」
失望を堪えながら、無理やり笑顔を作った。
「……ランチの約束をしていたの」
「それはよかったわ、じゃあ一緒にいただきましょう。その方が賑やかでいいわ」
自然な動作で席に着き、凛奈は森田朔也にぴったりと寄り添った。
ランチの間中、会話の主導権は凛奈にあって、彼女は森田朔也との共通の話題や親密さを、これでもかと見せつけた。
二人は顔を見合わせて笑い、その距離感はただの友人を遥かに超えていた。
「夜月には退屈だったかしら。こういう社交の話ばかりじゃね」
凛奈に気遣うふりをされた。
「もっと夜月が興味ある話をしましょう。カフェでバイトしていた時は、どんなタイプのお客さんが好きだったの?」
親切そうな問題だが、実際には私の「卑しい」育ちを全員に思い出させるためのものだった。
森田朔也は礼儀正しく相槌を打っていたが、その目から関心が明らかに薄れていた。
食事が終わると、凛奈は当たり前のように森田誠と腕を組んで去っていった。陽光の下、二人の姿はあまりにもお似合いだった。
私は一人、テーブルに取り残され、かつてない喪失感に襲われていた。
一体何のために、私はここに留まっているのだろう?
ここにいて、ほんの欠片の愛でももらえるのだろうか?
