第2章
ドアの枠が完全に砕け散った。
暗いパーカーを着て黒いスキーマスクを被った男が、私のアパートに飛び込んできた。手には長いナイフが握られ、その刃が警告のように光を反射していた。
「お前ら、全員動くんじゃねえぞ！」彼の声は荒々しく、脅迫的だった。
彩花が悲鳴を上げ、すぐに私の背後に隠れた。彼女が震えているのが伝わってくる。
『これは現実。本当に起きていることなんだ。私の「悪夢」は本物の記憶で、今、私はこの結末を変えなくちゃいけない。最優先事項は、彩花を守ること』
「落ち着いて」私は彼女に囁いた。「大丈夫だから」
「金庫はどこだ？現金はどこに隠してある？」男が吠えた。
「金庫なんてありません。どうか、ハンドバッグから好きなだけ持っていって.......」
「嘘ついてんじゃねえぞ！お前らみたいな金持ちの女は、絶対に金庫を持ってるもんだ！」
『「お前らみたいな金持ちの女」。これは無差別な押し入りじゃない。彼は私がお金を持っていることを知っている。でも、こんな男、生まれて一度も会ったことない。どうして私の状況を知ってるの？』
「彩花」私は振り返らずに、静かに言った。「私が『走って』って言ったら、寝室に走るの。後ろのドアに鍵をかけて」
背中で彼女が頷くのを感じた。
「お金が欲しいの？私の財布なら、そこのカウンターの上よ」
侵入者が私の財布に目をやった、その一瞬！
「走って！」私は叫び、男に飛びかかった。
彩花の足音が寝室に向かって走っていくのが聞こえた。よかった。少なくとも彼女は安全な場所に。
でも、この男は予想をはるかに超えて強かった。彼は簡単に私を突き飛ばし、私は壁に激しく叩きつけられた。
『痛っ！でも、少なくとも彩花は逃げられた。彼女が無事なら、このサイコ野郎が何をしようと耐えられる』
「このクソ女が！」男は寝室に向かって歩き始めた。「どこに行くつもりだ？」
「やめて！」私は床から這い上がり、彼の後を追った。「あの子には手を出さないで！まだ子供なのよ！あの子は何も知らない！お金を持ってるのは私よ！」
「お前ら二人揃って、本当の金目のものがどこにあるか吐いてもらうぞ」
「お願い、あの子を傷つけないで。全部あげるから」
『彼の注意を私に引きつけないと。彩花は何も悪いことしてない。うちのお金のせいで、彼女が苦しむべきじゃない』
男は寝室のドアを蹴り破った。再び彩花の悲鳴が聞こえた。
寝室に駆け込むと、彩花はベッドのそばの隅でうずくまり、マスクの男が部屋の真ん中に立っていた。
「お願い、あの子を傷つけないで」私は懇願した。「私に残されたたった一人の家族なの」
「黙れ」と男は言ったが、奇妙なことに、彼は彩花よりも私の方に集中しているようだった。
おかしかった。もし本当に強盗が目的なら、二人を平等に脅すのではないだろうか。
「彩花、大丈夫？」
「すごく怖いよ、姉さん」
「二人とも立て。リビングに戻るぞ」
「どうして？ここでも全部どこにあるか言えるわ」
「俺がそう言ったからだ！」
『リビングに戻らせたい？戦術的に意味がない。もし金目のものを探したいなら、別々の部屋に私たちを置いて場所を指摘させるべきだ』
でも、さらに奇妙だったのは彩花の反応だ。彼女は怖がっているように見えた、でも……怖がり方が足りない？つまり、ナイフを持った見知らぬ男が自分の安全な空間に押し入ってきたら、普通は恐怖で完全に我を失うはずだ。なのに彼女の恐怖は、どこか……抑制されているように感じられた。
『いや、何を考えてるの、私。彼女は心の底から怖がってるに決まってる！恐怖への対処法は人それぞれ。完全にパニックになっていないからって、彼女を疑うなんてできない。彼女は私の妹で、私が守ってあげなきゃいけないんだから』
「大丈夫だよ、彩花」私は優しく言った。「姉さんが絶対に何もさせないから」
リビングに戻ると、侵入者は私の持ち物を物色し始めたが、その探し方は奇妙だった。金目のものを手当たり次第に掴むのではなく、何か特定のものを探しているようだった。
私はゆっくりと窓の方へにじり寄り、どうにかして非常階段にたどり着けないかと考えた。
「どこへ行くつもりだ？」彼はすぐに気づいた。
「どこにも、あなたの邪魔にならないようにしてるだけ」
「こっちに戻れ。二人とも、そこのソファに座って動くな」
「ねえ、私のノートパソコンでも、宝石でも、欲しいものは何でも持っていって.......」
「欲しいものは、こっちの準備ができた時にいただくさ」
「姉さん、彼の言う通りにして」と彩花が囁いた。
『彼女の言う通りだ。彼を怒らせるべきじゃない。でも、私の「夢」の記憶では、彼は最終的に……いや。今回は違う。今回は、私たちは生き延びるんだ！絶対に！』
私たちはソファに座り、私は彩花と侵入者の間に自分の体を割り込ませるようにした。もし彼が襲いかかってきたら、まず私を倒さなければならない。
「ここに一人で住んでいるのか？」と彼は私に尋ねた。
「ええ」と私は答えたが、すぐにそれが間違いだったかもしれないと気づいた。もし誰も私たちを探しに来ないと思われたら……。
「誰も様子を見に来たりはしないのか？」
『変な質問。プロの犯罪者は普通、こんなことは聞かない……よほど、しばらくここに居座るつもりでもない限り』
「婚約者が来るかもしれないわ」私は嘘をついた。「仕事が遅くなるときは、いつも電話をくれるの」
「いつだ？」男の声が険しくなった。
「もうすぐよ」
その言葉は彼をさらに不安にさせたようだった。彼は私のリビングを歩き回り始めた。
「電話しろ。来ないように伝えろ」
「できないわ。何かおかしいって気づかれちゃう」
「なら、ここで待つ」
「姉さん、やっぱり電話した方がいいんじゃないかな」と彩花が静かに言った。
「ダメよ。和也まで危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」
『待って。彩花は和也に電話してほしいの？でも、本気でこの危険な犯罪者を怖がっているなら、どうしてこれ以上人を危険に巻き込もうとするの？まさか……まさか、和也が現れれば、どうにか状況が好転するとでも思っているの？』
だが、その考えは馬鹿げていた。彩花はただパニックになって、冷静に考えられていないだけだ。
「誰にも電話はしない」私はきっぱりと言った。「お金が欲しいの？今すぐ送金してあげる。だから私たちを解放して」
「そう単純な話じゃないんだ」と彼は答え、私はさらに混乱した。
侵入者はドアの方へ歩いていき、鍵を確認した。彼が私たちが逃げられないようにしているのだと悟った。
『私たちは閉じ込められた。ドアは彼が支配し、窓は三階の高さで、彼は武器を持っているのに私たちは丸腰。私の記憶では、和也はちょうど今頃現れた……でも、もし記憶が正しければ、それはつまり……』
私は時計に目をやった。午後七時四十五分。
私の記憶が正確なら、和也は間もなく到着する。しかし前回、彼の「救出」は失敗に終わった。
「俺がここに来た目的のものを手に入れるまで、誰もどこにも行かせん」
「一体何を取りに来たっていうの？」
「すぐにわかるさ」
私は彩花の手を固く握りしめ、彼女の手のひらの汗を感じた。
この男が何を望んでいようと、これから何が起ころうと、私は妹を守る。私はすでに一度死んだ。歴史を繰り返させるわけにはいかない。
でもまずは、助けが必要だ。和也さんに早くここに来てもらわなければ。そして今度こそ、私たちは結末を変えなければならない。
