第3章

ピンポーン、とドアベルが、緊急事態を告げるように執拗に鳴り響いた。

「美奈子? 和也だ! 大丈夫か!」

心臓が口から飛び出しそうになった。『よかった。和也が来てくれた。記憶の通りだ。でも、今回は警告のメッセージを送ったはず。先に警察を呼んでくれているはずなのに』

「来てくれてよかった!」と私は叫んだ。

龍一は即座に体をこわばらせ、包丁を私たちに向けた。「誰だ、てめえは!」

「私の婚約者よ。たぶん、警察を連れてきてくれたんだわ」

けれど、耳を澄ましてもサイレンの音は聞こえない。心が沈んだ。

「美奈子! 入るぞ!」

「和也、気をつけて! ナイフを持ってる!」

「帰れって言え。さもなきゃ今すぐ二人とも殺すぞ!」と龍一が唸った。

「一人で入ってこないで! 警察は?」

「待ってられなかったんだ!」

『警察を待たなかった? でも、最初に電話するようにって、はっきり伝えたのに。どうして私のメッセージを無視したの?』

玄関のドアが勢いよく開け放たれ、和也が飛び込んできた。背が高く、ハンサムで、その瞳は決意と愛に満ちている。まるで完璧なヒーローのようだった。

「彼女たちを放せ」和也は龍一に言った。その声は落ち着いていたが、脅威をはらんでいた。「代わりに俺を相手にしろ」

その後の数分間は完全なカオスだったが、不思議なことに、それは統制されたカオスのように感じられた。

和也は龍一の気をそらそうと、交渉を始めた。「何が望みだ? 金か? 金なら用意できる」

「俺は、ここに来た目的のものが欲しいだけだ」と龍一は答え、その言葉に私は再び混乱した。

『「ここに来た目的のもの」って、何度も言ってる。これはただの強盗じゃない。でも、一体何が欲しいの?』

「彩花」私は小声で言った。「合図をしたら、キッチンに走って一一〇番して」

「わかった」と彼女も囁き返したが、その声は……覚悟ができているようだった。恐怖で我を忘れている人の声じゃない。

『思ったより肝が据わっているのかもしれない。ストレスでかえって冷静になる人もいるから』

その時、和也がさりげなく手で合図を送った。私に行動の準備をしろと言っているのだと思ったが、彩花もその合図を理解したようだった。

「今だ!」と和也が突然叫んだ。

すべては一瞬の出来事だった。和也が正面から龍一に襲いかかり、私は横からナイフを持つ手をつかみ、彩花が背後から龍一を押さえつけるのを手伝った。

やった。龍一は床に倒れ、ナイフがカシャンと音を立てて滑っていき、彼は意識を失ったように見えた。

「信じられない、やったわ!」

「みんな、大丈夫か?」と和也が尋ねた。

「たぶん。彼は……?」と彩花が言った。

「気絶しただけだ。目を覚ます前に縛り上げないと」

『本当にやったんだ! 今度こそ、彼を取り押さえることができた! つまり、私は運命を変えたんだ。みんな助かるんだ!』

でも、今起きたことを頭の中で再生してみると、何かが引っかかった。

『あの手の合図……どうして和也は、彩花が意味を理解するとわかったんだろう? いつ、二人はこんなチームワークの練習をしたっていうの?』

「今すぐ警察を呼ばなくちゃ」と私は言った。

「そうだな」と和也は言ったが、携帯を取り出す様子はない。「でもその前に、こいつを縛るものを探してくる」

彼はまるで、どこにロープがあるか正確に知っているかのようにキッチンへ向かった。

「どうしてあの合図を出したってわかったの?」

「え? ああ、なんとなく……勘だよ、たぶん」

「二人とも、すごかったわ」と彩花が言った。

「みんなすごかったよ。俺たち、いいチームだな」

でも、何かがおかしい。二人の視線の交わし方、動き、立ち位置まで……すべてがあまりにもスムーズすぎる。

『このレベルの連携は、普通は練習が必要だ。でも、私たち三人がこんな状況に一緒に立ち向かったことなんて一度もない。どうしてこんなに……完璧にできるの?』

「ロープ、あったぞ」和也がキッチンから戻ってきた。

「警察を呼ぶ前に、彼が目を覚ますのを待った方がいいかしら?」と彩花が尋ねた。

とてもおかしい質問だった。「どうして彼に目を覚ましてほしいの?」

「つまり、私たちが不必要に攻撃したって言われないように?」

『その理屈はおかしい。どうして犯罪者に目を覚ましてほしいの? 意識がないうちに警察を呼ぶべきでしょう』

「実はな」と和也が言った。「美奈子、こいつが本当に気絶しているか確認してくれ。気絶したふりをすることもあるから」

『本当に気絶してるか確認する? それは理にかなってる。でも、どうして私が?』

「どうして私なの? あなたが確認した方が安全じゃない?」

「君の方が軽いだろ。近づきすぎて、もし奴が演技だったとしても、俺より速く逃げられる」

その説明はもっともらしく聞こえたが……。

「そこだ」和也は特定の場所を指さした。「その角度からなら、彼の顔がはっきり見える」

その位置を見て、突然、胃の腑を掴まれるような恐怖がこみ上げてきた。

『あの場所……まさにあの位置……前の人生で、私が刺された場所だ。でも、これはただの偶然よね? 意識のない人を確認するのに、妥当な角度なんて限られてるし……』

「本当にそこが一番いい位置なの?」

「信じてくれ」和也は温かく、安心させるような笑みを浮かべた。「俺は自分が何をしているかわかっている」

彩花も励ますように頷いた。「大丈夫よ、美奈子。私たちがここにいるから」

『二人とも、ここが一番いい位置だと思ってる。考えすぎなのかもしれない。だって、彼らはこの危険な犯罪者を取り押さえるのを手伝ってくれたばかりなのだから』

私はその場所に向かって歩き始めた。一歩進むごとに、前の人生の記憶が蘇ってくる。

『この感覚……この圧倒されるような恐怖……前とまったく同じ。でも、前回は危険が迫っていることに気づかなかった。今回は違うはず。今回は、警告があったのだから.......たぶん?』

私は龍一のそばまで行き、彼の顔を覗き込むように身をかがめた。彼は完全に意識を失っているように見えた。

「息はしてるか?」と和也が尋ねた。

「ええ、して.......」

その瞬間、龍一の目がカッと見開かれた。

『嘘! これじゃ、前の人生とまったく同じじゃない! 気絶したふりをしてたんだ!しぬ!』

後ずさろうとしたが、遅すぎた。龍一の手が稲妻のような速さで伸び、ナイフをつかんだ。

「美奈子!」と彩花が叫んだが、その悲鳴は……どこか違って聞こえた。驚いているというより、まるで……演技のようだった。

ナイフが私に向かってくる。とっさに体をひねったが、刃はそれでも私の肋骨を切り裂いた。

傷口から血が滲み出し、痛みで思考がままならなくなった。

だが、意識を失う直前、私の心を打ち砕く光景が目に入った。和也と彩花が、素早く視線を交わしたのだ。パニックでも、衝撃でもなく……落胆?のような表情で。

『嘘……そんなはずない……彼らが……二人が、私が刺されることを望んでいた?なぜ?』

視界が闇に飲み込まれた。

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