第4章

痛み。左の肋骨から、鋭く引き裂かれるような痛みが走る。パーカーに温かい血が染みていくのがわかる。でも、まだ息はしている。まだ、生きている。

『包丁は心臓じゃなく、肋骨に当たった。運が良かったんだ』

すぐ近くで龍一の声が聞こえた。「ひどい出血だ。こいつ、まさか……?」

「脈をとれ」と和也が言った。でも、その口調はどこかおかしかった。

『動いちゃだめ。呼吸も、悟られないように』

誰かの指が首筋に押し当てられ、脈を確かめようとしているのを感じた。彩花だ。彼女の手は震えていた。明らかに、何をすべきかよくわかっていない様子だった。

「何も感じない」と彼女は震える声で言った。「たぶん……本当に、死んじゃったんだと思う」

『この子、こういうの苦手なんだ。でも、見つけられなくてよかった。失血とショックで心臓の鼓動がすごく弱くなってるから、本当にわかりにくいのかもしれない』

「本当か?」と和也が尋ねた。

「私、こういうの苦手だから……でも、動かないし、息もしてないし……」

肋骨の痛みで体を丸めたくなるのをこらえ、私は必死で微動だにしないよう努めた。

「あ、神様」と龍一が言った。「本気で殺すつもりはなかったんだ」

「落ち着け」と和也が応じた。「計画通りだろ」

『何? これが、計画通り?』

誰かが部屋を歩き回る足音が聞こえた。

「でも、本当に死んじまったんだぞ! こんなはずじゃ.....」

「これで完璧だ、龍一。期待以上だよ」

「本当に死んじゃったの?」と彩花が尋ねた。

「俺がちゃんと確かめる」

和也が私の隣に屈み込んだ。その指が私の首筋に押し当てられ、脈を探る。

『心拍を抑えなきゃ。脈を、できるだけ弱く……』

永遠にも感じられる数秒が過ぎていく。多量の失血で衰弱し、痛みで体の反応をコントロールすることなんて、ほとんど不可能に近い。

「……ないな」和也はついにそう言った。「死んだ」

『本当に気づかなかった。失血で脈が弱すぎたのか、それともこいつも大してうまくなかったのか。どうでもいい。あいつらは、私が死んだと信じている』

「よかった」安堵に満ちた彩花の声。「この計画、絶対にうまくいかないと思ってた」

「計画? 何の計画だよ、クソが! ただの強盗だって言ったじゃねえか!」

「おいおい、龍一。ただ怖がらせるだけで七百万円も払うと本気で思ったのか?」

「彼女には消えてもらう必要があった。これしか方法がなかったんだ」

『私に死んでほしかった? でも、どうして? 私は、あいつらが一番愛している人間……。ううん、違う。明らかに違う。ずっと、自分に嘘をついてきたんだ。しぬ!』

「まだわからねえ」龍一が言った。「なんで毒殺かなんかにしなかったんだ? なんで押し入り強盗に見せかける必要があったんだ?」

「なぜなら」和也は、私が今まで聞いたことのないような冷たい声で説明した。「俺は悲しみにくれる婚約者を演じる必要があるからだ。彼女を救おうとして、失敗した男をな。同情は、すべてを俺にもたらしてくれる」

『悲しみにくれる婚約者? 私の葬式で演技するつもり?このくず』

「そして私は、打ちひしがれた妹を演じるの」と彩花が付け加えた。「事件の時に居合わせて、助けようとしたけど助けられなかった妹。誰も私たちを疑わないわ」

「何を疑われるってんだ?」

「彼女が所有していたものすべてを相続することを、だ」

「アパート、信託基金、投資物件……」

「全部でいくらになるんだ?」

「合計で、だいたい十二億五千万円ね」

『十二億五千万円。あいつらにとって、私の命の価値は十二億五千万円。いや、もっと正確に言えば、私の〝死〟の価値が、十二億五千万円』

「それで、俺の分は?」と龍一が尋ねた。

「お金はちゃんと払うわ」と彩花が言った。「でもその前に、もっともらしく見えるようにしないと」

「どういう意味だ?」

「アパートをもう少し荒らさないと。あんたが本気で金目のものを探したように見せかけるの」

「それから……彼女をどうするか、決めないと」

「死体のことか?」

「彼女はどこにも行かないわ。まずは現場を片付けましょう」

奴らが家具を動かし始め、さらに部屋を散らかしていく物音が聞こえた。

「ねえ、面白いこと教えてあげようか?」と彩花が言った。「姉さん、今夜、実は何かを疑い始めてたのよ」

「本当か?」和也は興味深そうな声を出した。

「ええ、変な質問ばっかりしてきて。まるで、こうなるってわかってたみたいに」

「お前ら、いつからこの計画を練ってたんだ?」

「半年くらい前からよ。結婚式の後、遺言を書き換えるつもりだって知ってから」

「俺と結婚してくれれば、どっちにしろ全部手に入ったんだ。でも、あいつ、慈善団体に信託を設立するなんて言い出しやがって」

「慈善団体よ! 信じられる? 家族じゃなくて、赤の他人に全部のお金が行くなんて」

『半年。あいつらは、半年前から私を殺す計画を立てていた。その半年の間、和也は毎晩私を抱きしめて、愛してると言った。彩花は毎週私を訪ねてきて、最高のお姉ちゃんだと言った。全部嘘。すべての愛情、すべての気遣い、全部、偽物だったんだ』

「問題はさ」と和也が続けた。「あいつ、俺が本気で愛してると信じ込んでたことだよ。あまりに簡単すぎて、笑えるくらいだ」

「ほんと、それ」彩花が笑った。「彼女、完璧な姉さんでいようと必死だったから。いつも私の面倒を見ようとして、いつも私の気持ちを心配して」

「じゃあ、一度もあいつのこと、どうとも思ってなかったのか?」

「冗談でしょ? 母が彼女の父と結婚した日から、ずっと憎んでたわ」

「利用価値はあったけどな。金持ちで、人を信じやすくて、承認欲求が強い」

「何年も彼女を愛してるふりをするのが、どれだけ大変だったかわかる? 微笑んで、ハグして、あの子の完璧な人生についての話を聞いてあげるのが」

『憎んでたんだ。最初の日から、私を憎んでいた。あの思い出も、姉妹らしい瞬間の数々も……ずっと、演技だったんだ』

「最悪だったのは」と彩花が続ける。「結婚式の話を聞かされることよ。〝鈴木奥さん〟になるのが、あんなに楽しみだったなんてね」

和也が苦々しい笑みを漏らした。「鈴木奥さん、か。知る由もなかっただろうな。俺がこの一年、お前とヤってたことなんて」

『一年。あいつらは、丸一年も私を裏切っていた。私が私たちの未来を計画している間、あいつは私の妹と寝ていたんだ』

「彼女が泣きながら電話してきた夜、覚えてる? あなたが冷たくなったって思い込んで」

「ああ、お前とホテルで週末を過ごしてきた直後だったからな」和也が答えた。「まったく、あいつは本当に重かった。哀れなほどに」

「本当にまだあなたのこと愛してると思うかって、私に訊いてきたのよ」

「なんて答えたんだ?」

「もちろん愛してるに決まってるじゃない、考えすぎだよって言ってあげたわ」

「お前ら、マジでイカれてるな」龍一が呟いた。「まったく変態だ」

奴らが別の部屋で偽の犯行現場を作り続けているのが聞こえたが、彼らの言葉が頭の中で反響し続けた。

『哀れ。重い。承認欲求が強い。それが、あいつらの私に対する見方。それが、私が最も愛した人々にとっての、私だった』

肉体的な痛みはまだ激しい。だが今、別の種類の痛みが生まれた。もっと深く、もっと長く続く痛み。体ではなく、魂に刻まれる痛み。

『あいつらは私が死んだと思っている。勝ったと思っている。でも、私はまだ生きている。そして、すべてを聞いた。あいつらの正体を知った』

奴らがどうやって警察に電話するか、どうやって悲しみを演じるか、どうやって確実に私の金を相続するかを話し合っているのが聞こえる。

「一一〇番するのはいつにする?」

「もう一時間くらいおいてからだ。口裏を合わせる時間が必要だ」

「俺はどうする?」

「お前は消えろ。今夜中に。計画通りにな」

私は死んだふりをし続けたが、心の奥深くで何かが変わった。もはや恐怖はない。もはや愛もない。

そして奴らは、私が死んだと思っている。それこそが、奴らが予期せぬ、私のアドバンテージになる。

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