第272話

「嘘つき」

彼女が電話に出た途端、私はそう言った。

「私が何したって言うの?」イヴェインはあくびをかみ殺しながら言った。

「これ、独身者限定のクルーズだって言ったじゃない」

「うん」

「違うじゃない」

「何で違うの?」

「アシュトンを見たの」私は目を閉じた。でも、彼の姿が脳裏から離れない。

最後に彼に会ってから、三ヶ月近く経っていた。

あり得ないはずなのに、なぜか、彼の背は前より高く見えた。

周りの誰もがTシャツにバミューダショーツという格好なのに、彼はジャケットこそ脱いでいたものの、黒いシャツと黒いスラックスはそのままだった。その姿は、無視することも、近づくこともできない雰囲気を醸し...

ログインして続きを読む