第21章 俺は既婚だ

自分の話題が出たとたん、温井知夏はぴくりと肩を揺らし、聞き耳を立てた。

取引先の担当が男に親指を立てる。

「腕、悪くないな」

黒崎冬馬は平然と、傍らの小柄な女性にちらりと視線をやった。墨のように深い瞳の奥に、柔らかな色が一瞬だけ差す。

「ええ。彼女は本当に優秀です」

その言葉に、温井知夏の胸の奥がふわりと甘くなる。

心の底から湧き上がるこんな喜びは、ずいぶん久しぶりだった。

ここに来て一か月。知夏はすっかりこの土地の暮らしに馴染み、自分だけの小さな家も手に入れた。

毎日きちんと出勤し、決まった時間に帰る。

内側から自信が滲み出るようになった知夏は、以前とは見違えるほど輝いて...

ログインして続きを読む