第29章

「……ありがとうございます。そう言っていただけて」

柚木結華は表情を崩さず、柔らかく礼を返した。

九条獅堂ほどの立場なら、彼女を笑いものにするなど造作もない。けれど彼はそうしなかった。むしろ慰めた。

実の父の冷たさと、九条陽向の薄っぺらい仮面を思えば、結華は九条獅堂が口にした言葉に、心の底から感謝してしまう。たとえ嘘だと分かっていても、耳に入った瞬間だけは、胸がふっと軽くなるのだ。

――感謝くらい、しておくべきだ。

そう思って、結華はベッドを降り、バスルームへ入った。鏡の中の自分を確かめる。裂けた服はみすぼらしいが、どうにか人前に出られそうではある。

酒はだいぶ抜けたものの、頭の...

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