第1章
真夏の太陽が照りつける街路には、人々の熱気が漂っていた。病院の前には足早に行き交う人々が溢れ、込み合った通りには灼熱の日差しが均等に降り注いでいた。
一方、病室では佐藤安奈がゆっくりと意識を取り戻していた。目を開けると、周りの全てが見慣れない不思議なものに変わっていた。
灰色の壁に赤い十字が貼られ、ベッドの傍らには古びた小さなテーブルが置かれていた。病室内の閉ざされた空気と刺激的な消毒液の匂いが一気に鼻を突き、既に激しく痛む頭をより一層重くさせた。
死んだはずなのに、なぜ病院に?
思い出した...
妹の佐藤レナのお見舞いに来たのだ。丹精込めて作った滋養たっぷりの鶏がゆの入った保温ポットを手に、暑さで服が汗ばむ中でも足を止めることなく、レナを案じる気持ちで胸が一杯だった。
急ぎ足で歩きながら、時に人をよけ、時に車を避けながらも、焦りと急かされる気持ちは影のように付きまとい、足取りを早めていた。
ようやく病院に着き、病室の入り口に向かうと、次の瞬間、中からレナと佐藤紅の会話が聞こえてきた。
「お母さん、私がこんな病気になるなんて...腎臓提供者が見つからなかったら、死んでしまうの。どうしたらいいの?」レナは震える手で検査結果を握りしめ、目には助けを求める悲しみが満ちていた。
「彦志は医者だから、きっと何とかしてくれるわ。すぐに提供者を見つけられるはずよ」佐藤紅は慌てて慰めた。レナの涙は止めどなく流れ、恐怖と絶望が潮のように押し寄せていた。
傍らで静かに聞いていた安奈は胸が締め付けられた。家族の苦境と矛盾を深く理解していた。家族の機嫌を取ろうと努力しても、常に無視され冷たく扱われてきた。佐藤紅の提案に衝撃を受け、心の中で反発の炎が燃え上がった。
「その時まで待てないわ、まだ若いのに、子供もいるし、お母さんに孝行もまだできていないのに...」レナは後悔の念を滲ませ、命への執着を言葉に込めた。
しかし佐藤紅の目には暗い光が宿っていた。
「そうだわ、安奈は胃がんでしょう?彼女の腎臓を使えば...まあ、無駄にならないってことね」その言葉は氷のように安奈の心を刺し貫き、無力さと怒りを感じた。
入り口に立っていた安奈は、母とレナの会話を聞いて心が激しく揺れた。病院の角で静かに立ち尽くし、自分の成長の過程を振り返った。家族の後発者として、数々の努力と苦難を経験し、それぞれの試練が彼女の強い心を形作ってきた。
十歳の時、佐藤家は安奈が取り違えられた本当の娘だと分かり、田舎から引き取られた。この予期せぬ発見により、安奈の生活は一変し、幸せな生活への期待は家族との試練と苦難に直面することとなった。
家族の機嫌を取ろうと必死に努力し、へつらう役を演じながらも、家族に溶け込めず、それでも認められることを願い続けた。
四人の兄たちは家族の誇りであり、優秀な人材だったが、取り違えられた偽の娘レナを可愛がった。
「安奈、また失敗したのか!」兄たちの決まり文句のような叱責に、安奈は心を切り裂かれるような思いをし、家族からの冷たく不公平な扱いに耐えていた。
レナの泣き声は家族の同情を誘い、安奈はスケープゴートとなった。
「私はただ助けたかっただけなのに」家族の金融問題を解決するための安奈の懸命な努力も、家族からの冷たい仕打ちと非難に遭い、なぜいつも責められるのか理解できなかった。
時には、レナこそが本当の佐藤家の人間で、自分は部外者なのではないかとさえ思った。
佐藤家は1990年代の起業家の一つで、それなりの暮らしぶりだった。しかし、起業家が増えるにつれて、資金繰りに苦しむようになった。
安奈は昼夜を問わず働き、金融危機を乗り切った。家族の機嫌を取ろうとして自分を病気になるまで追い込んだのに、同情されるどころか、命まで狙われることになった。
安奈は苦笑いを浮かべた。早く気付くべきだった。どれだけ努力しても、彼らからの思いやりは少しも得られなかったことに。
安奈は目を閉じ、苦痛に耐えていた。突然、激しい咳込みが静寂を破り、痛む体から思わず声が漏れた。
「ゴホッ、ゴホッ」安奈は苦しそうに呻いた。その声で病室の空気が一気に重くなった。安奈の母である佐藤紅とレナは病室の外の物音に気付き、佐藤紅は急いで戸を開けた。眉をひそめ、安奈を睨みつけた。
「盗み聞きしていたの?」佐藤紅の声には怒りと抑圧が満ちていた。
安奈は突然の寒気を感じ、この気まずい状況から逃げ出そうとして立ち上がった。しかし佐藤紅は執拗に追いかけ、目には怒りと不快感が溢れていた。
「逃げるな!」佐藤紅は怒鳴りながら、足を速めた。
安奈の心は氷のように冷え込み、慌てて廊下へ逃げ出したが、足を滑らせ、階段から転落してしまった。
階段には衝撃的な転落音が響き、佐藤紅が階段口に駆けつけると、倒れている安奈を見て、言い表せない満足感と快感が湧き上がった。
「やっとこの厄介者を始末できた!」
「安奈、お母さんの言うことを聞きなさい。あなたは独り身で、胃がんで長くないのよ。でもレナは違うでしょう。家族も子供もいるのよ。そんなに冷たい人間じゃないでしょう?」
佐藤紅は心の中で得意げに安堵し、問題の解決策を見つけたかのようだった。一方、安奈は階段に横たわり、苦痛に呻きながら、無力さと絶望感に襲われていた。
佐藤紅は決して期待を裏切らない。その時、佐藤紅がさらに言葉を続け、安奈の心は底なしの穴に落ちていくようだった。
「こんな高い階段から落ちても、腎臓の質は大丈夫かしら?こんなに血を吐いているなら、もう助からないでしょうね。それなら良かった、お姉さんの病気が助かるわ」
その言葉を聞いた安奈は、目を見開いたまま佐藤紅を凝視した。憎しみと悔しさで、死んでも目を閉じることができなかった。
しかし思いがけないことに、彼女は蘇生した.......
これは神様が与えた新しい人生を始める機会だった。


























































