第2章

翌朝、東京の陽光が床までの大きな窓から差し込み、白い大理石のテーブルの上を照らした。クリスタルの花瓶に生けられた白薔薇が、ひときわ清らかな輝きを放っている。

私は優雅にトーストを切り分けながら、時折、向かいに座る物憂げな橘善和に目をやった。

彼はほとんど一睡もしていないようだった。

チャイムが鳴った瞬間、彼の身体がこわばるのがはっきりと分かった。

「こんなに朝早く、どなたかしら?」

私はわざと不思議そうな顔で首を傾げた。

「理恵だろう。仕事の報告に来ると言っていた」

橘善和は無理に笑みを作った。

「君は食事を続けて。俺たちのことは気にしないでいい」

佐藤理恵が細いハイヒールを鳴らしてダイニングに入ってくる。タイトなビジネススーツに身を包み、そのメイクはまるでパーティーにでも参加するかのように精巧だった。

彼女は私に軽くお辞儀をする。

「おはようございます、奥様。お食事中、失礼いたします」

「気にしないで、理恵さん。お疲れ様」

私は穏やかに微笑んだ。

「ご一緒にコーヒーでもいかが?」

「いえ、私は……」

理恵の視線が私と橘善和の間をさまよい、ふと心配そうな表情を浮かべた。

「善和くん、昨夜はお休みになるのが遅かったみたいですね。眉間に皺が寄っていて、見ていて胸が痛みますわ。何かあったのかしら?」

橘善和の手がびくりと震え、コーヒーが真っ白なテーブルクロスに跳ねた。

私は銀のナイフを置き、目に遊び心をちらつかせる。

「きっと会社のことでしょうね。善和くんはいつもこうなの。すべての責任を一人で背負い込んでしまうから」

「夢佳……」

橘善和が何かを説明しようとする。

「理恵さんがこうしてあなたのことを気にかけてくださって、感謝しているわ」

私は立ち上がり、橘善和の肩をそっと撫でた。

「でも、大切なものって、いざという時にこそ価値を発揮するものでしょう?ただ隠しておくだけなら、ガラクタと何が違うのかしら?」

理恵の顔色が変わる。私がそんなことを言うとは、彼女も思っていなかったようだ。

橘善和は私のことを深く見つめた。その目には、読み解くのが難しいほど複雑な感情が渦巻いていた。

私は食器を片付け、理恵のそばを通り過ぎる際にわざと足を止める。

「そうだわ、午後から銀座に行くの。透くんのコンサートが近いのよ。ネックレスを直接渡してあげなくちゃ」

「コンサート?」

理恵が鋭くその言葉を拾った。

「ええ、透くんが言うの。あの真珠のネックレスがあれば、彼の演奏がいっそう輝くって」

私の声は羽のように軽やかだったが、二人の心には嵐を巻き起こした。

橘善和の顔色は、完全に陰鬱なものへと変わっていた。


午後三時、銀座で最も格式高いカフェには、ブルーマウンテンの芳しい香りが漂っていた。私は窓際の席に座り、手にした精巧なボーンチャイナのカップが、すらりとした指を引き立てている。

水野透は時間通りに現れた。黒のカジュアルなスーツに身を包み、その優雅な立ち居振る舞いは、まるでクラシックの演奏会から抜け出してきた王子のようだ。

「夢佳、会ってくれてありがとう」

彼は私の向かいに腰を下ろす。その声は低く、磁性を帯びていた。

私は小さなハンドバッグからベルベットのジュエリーケースを取り出し、そっと彼の方へ押しやった。

「お祖母様の真珠のネックレスよ。あなたの演奏に幸運をもたらしてくれるといいわ」

水野透はジュエリーケースを受け取ると、長い指でベルベットの表面を優しく撫でた。

「夢佳……」

「どうしたの?」

私は首を傾げ、純真な疑問を瞳に浮かべる。

「このネックレスは君にとって大切なものだろう。俺は……」

彼は何かをためらっているようだった。

私はくすりと笑う。その声は、ちょうど周りの席にいる財閥の奥様方の耳に届くくらいの大きさだった。

「透くん、このネックレスは私にとって確かにとても大切よ。だからこそ、同じくらい大切な人に寄り添っていてほしいの」

水野透は私を深く見つめ、その深淵な瞳に悟りのような光がよぎった。彼は突然私の手を取り、少し声を張り上げる。

「夢佳、このネックレスは僕にとってかけがえのないものだ。君が僕にとってかけがえのない存在であるように」

途端に、周りからひそひそ話が聞こえ始める。何人かの貴婦人たちがこちらに目を向け、囁き合っていた。

「あの方、星野家のお嬢様じゃないかしら?」

「ピアニストの水野透と!」

「彼女が持っているの、もしかしてあの伝説の真珠のネックレス?」

私の心は得意で満たされた。完璧な演技、完璧な観客。

そして、カフェの外の物陰では、一台の望遠レンズがこの一幕を忠実に記録していた。


夜の帳が下り、橘財閥本社ビル52階、会長室は煌々と明かりが灯っていた。橘善和は床までの大きな窓の前に立ち、眼下に広がる東京のきらびやかな夜景を見下ろしながら、手には届いたばかりの調査報告書を固く握りしめている。

デスクのパソコン画面には、最新の経済・芸能ニュースが表示されていた。

『謎の令嬢、家宝でピアノの王子を後押し』

添えられた写真は、まさしくカフェでの私と水野透の親密な一枚だった。

「ちくしょう!」

橘善和は勢いよく振り返り、デスクの上のクリスタルの灰皿を薙ぎ払った。

甲高い破壊音が、静まり返ったオフィスにひときわ大きく響き渡る。

彼はジャケットをひっつかむと、オフィスを飛び出していった。

三十分後、橘家のヴィラの玄関に、慌ただしい足音が響く。私はリビングで優雅にお茶を嗜んでいたが、その音を聞いても顔を上げなかった。

「夢佳!」

橘善和の声は、ほとんど歯の隙間から絞り出されたかのようだった。

「お帰りなさい。こんなに遅くまで……」

私は顔を向け、赤く上気した彼の顔を見て、わざと驚いたふりをした。

「どうしたの?とても怒っているように見えるけれど」

「あのネックレスが何を意味するか、分かっているのか?」

彼は大股で私の前に歩み寄り、私を見下ろした。

私はティーカップを置き、ゆっくりと立ち上がる。

「もちろん分かっているわ。お祖母様の形見ですもの。お祖母様は生前おっしゃっていたわ。真珠はそれにふさわしい人が身につけてこそ、輝きを放つのだと」

「じゃあお前の心の中では、俺はふさわしくない、と?」

橘善和の声が震えていた。怒りからか、屈辱からか。

私はぱちりと瞬きをし、顔に無垢な表情を浮かべる。

「私がいつそんなことを言ったかしら?善和くん、どうしてそんなふうに思うの?」

「ならなぜあいつに貸した?なぜあいつなんだ?」

「だって……」

私は軽く下唇を噛み、言葉を選んでいるかのように見せる。

「真珠は、その価値を理解してくれる人を必要とするの。透くんの音楽は真珠のように純粋で、とてもお似合いだと思ったから」

「俺はお前の夫だ!あいつはただの他人だろう!」

橘善和はついに爆発した。

私は一歩下がり、目に傷ついたような色を浮かべる。

「善和くん……今までそんな言い方、私にしたことなかったのに」

私の表情を見て、橘善和は少し冷静さを取り戻したが、口調は依然として強硬だった。

「夢佳、お前は俺の妻で、橘家の人間だ。お前の一挙手一投足が、我々一族の体面を代表しているんだ」

「分かっているわ」

私は伏し目がちになった。

「でも、透くんは私の決断を疑ったりしないもの。私の判断を信じて、私の選択を支持してくれるって、言ってくれたわ」

その言葉は鋼の針のように、的確に橘善和の急所を貫いた。

彼の顔色は真っ青になり、拳は青筋が浮き立つほど固く握りしめられる。長い沈黙の後、彼は階段の方へ向き直った。

「疲れた。先に休む」

彼の重い足音が階段の上へと消えていくのを聞きながら、私は再びソファに腰を下ろし、口の端に得意げな弧を描いた。

【ピーン——対象の著しい感情の揺れを検知】

【胸糞値+20%、現在合計25%】

【ホスト様、おめでとうございます!第一段階目標達成!】

【新スキル解放:心理暗示——言動により対象の潜在意識に影響を与えることが可能になります】

私は一人で二階へ上がり、自室の窓辺に立つ。月明かりの下、宝石箱から予備の真珠を一粒取り出し、指先で優しく転がした。

真珠は月光を浴びて、冷たい光を放っている。まるで今の私の心のように。

「まだ始まったばかりよ、善和くん」

私はそっと呟いた。

「これからの芝居は、もっと面白くなるわ」

だって、あなたを痛めつけなければ、私が痛めつけられることになるのだから。

まさか本当に、私が痛めつけられるなんてありえないでしょう!

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