第161章

「ここも一段落したし、見送るわ」

 水原念は鈴木直哉に向けて言った。

 直哉は一つ頷いた。

 病院のエレベーターは、いつだって人でごった返している。

 他の患者の家族に足を踏まれ、念は後ずさることを余儀なくされた。

 すかさず直哉が彼女を隅へと引き寄せ、自身の体で覆い隠すようにして周囲の人波から守った。

 その姿勢は、二人の距離を急激に縮めた。念から漂うかすかで甘い香りが、直哉の鼻腔をくすぐる。

 それは無意識のうちに、二人が僅かに交わした親密な時の情景を直哉の脳裏に呼び起こした。

 だが、今の彼にとって最大の関心事は過去の記憶ではない。上の階、大前敏子の病室の前で、水原雲成...

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