第195章

「……」

 彼女の言うとおりだ。以前の水原念は、キスとなると信じられないくらい不器用な女だった。

 五年間の結婚生活で、彼は一度も彼女に口づけたことがない。けれど、彼たちの間にキスがなかったわけじゃない。

 あれは――酔いつぶれた夜だ。運転手が鈴木おばあさんの指示に従って、彼を結婚式の別荘へ送り届けた。

 ベッドで半分眠ったような状態の鈴木直哉のそばへ、水原念が近づいてくる。枕元でしばらく俺を見つめてから、こっそり唇を重ねた。

 本当に、ほんの一瞬だけ。

 蜻蛉が水面に触れるみたいに、唇が触れた途端、すぐに離れていった。

 あのとき彼は酔っていて、目も開けていなかった。だが眠っ...

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