第1章
星奈視点
「星奈ちゃん、まあ、なんて綺麗なの! 結婚生活が幸せなのね、本当に輝いてるわ!」
松本さんが両手を広げて駆け寄ってくるのを見て、私は無理に笑顔を作った。彼女名物の、骨がきしむほど力強い抱擁が待っている。
「松本さん」
そう言いかけた瞬間、バニラと古本が混じり合った懐かしい匂いに包み込まれた。五年。この忌々しい町に足を踏み入れなくなってから五年。そして今、私はすべての始まりの場所に舞い戻ってしまったのだ。
彼女がようやく体を離すと、私の腰に回された瑛士の手がぐっと強まった。松本さんの目は涙で潤んでいる。「なんて素敵なの! 本当に素敵な女性になったわね。あなたがこうなることを、ずっと信じていたのよ」
「素敵な女性」か。その言葉は、思った以上に胸に刺さった。私はもう、あの頃の怯えて壊れそうな少女じゃない――町の住人が陰口を叩く中、床に這いつくばって磨いていた惨めな私ではないのだ。今の私は牧野星奈。有名出版社で敏腕編集者として働き、私のことを心から大切にしてくれる男性と結婚した女だ。
「あの時は、私を置いてくれてありがとうございました」苦い後味を噛み殺しながら、私は本心からそう言った。「松本さんがいなかったら、どうなっていたか分かりません」
瑛士が私の肩を抱き寄せる。「妻から、松本さんの優しさについてはよく聞いていますよ。やっとお会いできて光栄です」
松本さんは満面の笑みを彼に向けた。仕立ての良いスーツを着こなし、私を大切な存在として見つめる瑛士の姿に満足しているようだ。いい気味だわ。私がどうなったか、よく見ておけばいい。
「あら、星奈ちゃんが言っていた通り、素敵な旦那様ね! さあ、あちらのケーキを召し上がって。ダウンタウンにできた新しい店のものなのよ」彼女はホールの奥にあるデザートテーブルを指差した。
私たちは人混みを縫うように進んだ。見知った顔がいくつかある。愛想よく会釈する者もいれば、シャンパングラス越しにひそひそ話をする者もいる。勝手に噂させておけばいい。今の私には隠すことなんて何もないのだから。
「大丈夫?」軽食コーナーに着くと、瑛士が小声で尋ねてきた。「体が強張ってるよ」
私は手持ち無沙汰を紛らわせるために小さなチョコレートケーキを手に取った。「ただ、ここに戻ってくると変な感じがして。いろんな記憶が蘇ってくるの」
お腹の赤ちゃんが、私の緊張を感じ取ったかのように動いた。妊娠四ヶ月。この子は大人たちよりもずっと敏感だ。私はドレスの下のわずかな膨らみにそっと手を添えた。
「長居する必要はないさ」瑛士が優しく言った。「顔を出して、寄付金を渡したら、すぐに帰ろう」
返事をしようとしたその時、小さな台風のような勢いで何かが足元に飛び込んできた。
「お母さん! お母さん見つけた! お父さん、見て! お母さんが帰ってきたよ!」
指先から小さなチョコレートケーキが滑り落ち、床で潰れた。全身の血が凍りつく。私を見上げるその瞳――私と同じ緑色の瞳。毎日鏡の中で見ているものと同じ色。
嘘よ。こんな現実、あってたまるものですか。
四歳か五歳くらいの男の子が、私の腰にしがみつき、ドレスに顔を埋めている。黒髪にオリーブ色の肌、そして彼が私の子供であることを雄弁に物語る、あの緑色の瞳。
「智良……」
その名前が、吐息のように漏れた。私が産んで、そして置いてきた息子。私なんかいない方が幸せになれると、自分に言い聞かせて手放した子。
「智良、何を――」
悪夢の中から響いてきたようなその声が、パーティーの喧騒を切り裂いた。
黒木達也だ。
彼は人垣を押し分けて現れた。相変わらず背が高く、肩幅も広い。かつて私の膝を震わせた、あの肉食獣のようなしなやかな動きもそのままだ。黒髪は以前より長くなり、目尻には新しい皺が刻まれているが、あの強烈な茶色の瞳だけは変わっていない。その目が私を捉え、驚愕に見開かれた。
「星奈……」祈るように、あるいは呪うように、彼がその名を呟いた。「お前……ここにいたのか」
智良が不思議そうな顔で瑛士を見上げた。その緑色の瞳――私の瞳――が小首を傾げる。「どうしてお母さん、他の男の人と一緒にいるの? お父さん、お母さんは僕たちの家に帰ってくるって言ってたじゃない」
会場が水を打ったように静まり返った。視線が突き刺さる。噂話が始まる気配すら感じられる。
達也の視線が私から、私の肩を抱く瑛士の腕へ、そして妊娠で膨らんだお腹へと移った。彼の顔から血の気が失せ、やがて危険な赤みが差した。
「結婚してるのか」荒く、信じられないという声だった。「お前、結婚なんかしてやがるのか」
「言葉を慎んで」私は智良がまだしがみついているのを確認しながら、鋭く言い放った。
「瑛士は私の夫よ」私は顎を上げ、達也の視線を真っ向から受け止めた。「こちらは黒木達也。瑛士、彼は……昔の知り合いよ」
「知り合い?」達也が短く、苦々しく笑った。「俺たちはそんな関係かよ?」
瑛士が一歩前に出た。穏やかだった雰囲気が、鋼のような冷徹さに変わる。「下がれ」
「よくもそんなことを言えるな」達也の顔が怒りに歪む。「五年も消えてたんだぞ――連絡もなし、説明もなしだ。それがいきなり現れて……俺の――」
「お前のなんだって?」瑛士の声が低く響く。「俺から見れば、星奈は俺の妻だ。そして俺の子供を身籠っている」
その言葉は、強烈な一撃となって場を凍らせた。達也はよろめき、私たちを交互に見る目には怒りの炎が燃え上がっていく。
「知ってたのか」彼の声が荒ぶる。「お前、知ってて……彼女のこと、俺たちのことを知ってて、よくも――」
「俺が知っていたのは、助けを求めていた一人の女性だ」瑛士が冷たく遮る。「傷つき、孤独で、お前のようなクズには勿体ない女性だったということだけだ」
その瞬間、達也が飛びかかった。
瑛士は身構えていたが、顎に拳を受けた。鈍い音が響き、二人はデザートテーブルに突っ込んだ。ケーキとグラスが宙を舞う。
「やめて!」私は智良を庇いながら叫んだ。ショックで心臓が激しく打ち、お腹の子も動いている。「二人とも、いい加減にして!」
だが、二人の耳には届かない。瑛士はすぐに体勢を立て直し、達也の脇腹に強烈な一撃を見舞った。達也が呻いてよろめく。瑛士はジャケットを正しながら、切れた唇から流れる血を拭った。
「相変わらず嫉妬深い野郎だな」血を拭いながら瑛士が吐き捨てる。「変わらないものもあるもんだ」
「嫉妬だと?」達也が拳を握りしめて唸る。「俺たちは友達だっただろうが、瑛士! 兄弟みたいなもんだったのに、お前は突然消えた。それがこれか? お前はずっと嘘をついてたんだ!」
智良が泣き出した。その声が私の心臓を突き刺す。私は周囲の視線を無視して膝をつき、彼を抱き寄せた。温かくて、現実的な重み。清潔で子供らしいシャンプーの香りに、胸が締め付けられる。
「シーッ、大丈夫よ、智良。大丈夫」彼の髪を撫でながら、私は囁いた。「全部うまくいくから」
けれど、分かっていた。もう二度と、うまくいったりなんてしない。
達也が私たちを見つめている――私が彼との息子を抱きしめながら、別の男の子を宿している姿を。その瞳に浮かぶ痛々しいほどの絶望に、私は目を逸らさずにはいられなかった。
「星奈」声が震えている。「どうしてこんなことができるんだ? 俺は五年間、お前を探し回ったんだぞ。お前が帰ってくるのをずっと待ってた。智良が毎日『お母さんは?』って聞くのに、俺は何て答えていいか分からなかった。お前がただ……消えてしまったから」
