第4章
再び目を覚ますと、すでに翌日の昼になっていた。
スマホを開くと、大量の不在着信とLINEの通知。
すべて颯真からだ。
私は無視を決め込んだ。
クラスのLINEグループも、やけに盛り上がっている。
【うわっ、学年一の美女がついに彼氏バレ? このアングル、色気ヤバすぎでしょ】
【背景これ、高級ホテルじゃん。相手の男、かなりスペック高いな】
【この露出……卒業したからって弾けすぎだろ。俺なら怖くてアップできねーわ】
瑠璃のインスタグラム・ストーリーのスクショだった。
私は習慣的にその画像をタップして拡大する。
白いホテルのベッドに横たわる男の横顔。それは、颯真の寝顔だった。
たとえ四分の一しか写っていなくても、私にはわかる。
心臓を、何者かに鷲掴みにされたような感覚。
瑠璃が添えたキャプションは、無視できないほど艶めかしいものだった——
【やっと隣に来れました……この瞬間が一番幸せ💕 #東京 #一緒に頑張ろう #再スタート】
「いいね」やコメントの数は凄まじく、瑠璃の返信もまた、思わせぶりな色気を漂わせている。
颯真の親しい友人たちも、こぞって反応していた。
私は深く息を吸い込む。
そうか、二人はもう、そういう関係だったんだ。
昨夜……颯真は電話越しに私を優しく慰めながら、その実、別の女と夜を共にしていたのだ。
なんて皮肉な話だろう。
気分はどん底まで沈んだ。
だが同時に、どこか安堵している自分もいた。
もし本当に彼に従って志望を変え、デジタルマーケティング学科に行っていたら、これからの四年間は正真正銘の“笑い話”になっていただろうから。
画面を消し、これ以上は見ないように、そして颯真と瑠璃のことは考えないようにと自分に言い聞かせる。
呆然としていると、突然チャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこに立っていたのは颯真だった。
目の下には、はっきりと隈が浮いている。
手には、私が一番気に入っている洋菓子店のケーキ箱が提げられていた。
私はドアの前に立ち塞がり、道を開けるつもりはないと無言で主張する。
しかし彼は、私の静止も聞かず、いつものようにズカズカとリビングに入り込んできた。
ダイニングテーブルにケーキを置くと、以前のように私の頭を撫でようと手を伸ばしてくる。
私は身をよじって、それを避けた。
「花梨、いつからそんなに気が強くなったんだ?」
「あれだけLINE送ったのに既読スルーだし、電話にも出ない」
「大阪のバイトに連れていってやらないからなって言われて、あとで泣きついても知らないぞ?」
颯真はショートケーキを丁寧に箱から出し、一口サイズに切って私に差し出した。
「ほら、機嫌直せよ。朝一でわざわざ並んで買ってきたんだからさ」
「さっさと食えって。ここの好きだろ? 食べながら夏休みのバイトの話しようぜ」
私は受け取らない。
彼はわざとらしく溜息をつくと、フォークで直接私の口元へ運ぼうとする。私は一歩後ろへ下がった。
「なんだよ。食いたくないならいいけどさ」
「前にも話しただろ? 夏休みに友達何人かと、大阪の有名な広告代理店でインターン兼バイトするって話」
「実務に触れられるし、就活にも絶対役立つから」
私は首を横に振る。
「行かない。一人で行って」
「私、これから出かけるから。先に帰って」
颯真は一瞬呆気にとられたようだったが、すぐに苛立ちを滲ませた声を出した。
「はあ? なんでだよ。せっかくのチャンスなのに、ただ拗ねてるだけで棒に振る気か?」
彼はケーキを置くと、私を抱き寄せようと手を伸ばす。
私が身をかわした隙に、もう片方の手で私のスマホを取り上げた。
「いい加減にしろよ。俺は昨夜飲みすぎて一睡もできてないんだ。朝っぱらからわざわざ機嫌取りに来てやってんのに、マジで疲れるんだけど」
私は冷ややかに告げる。
「機嫌取ってなんて頼んでないし、必要もない」
颯真は眉間に深い皺を寄せた。
「じゃあ言えよ。なんで急に行きたくないなんて言い出した?」
私は彼を真っ直ぐに見据えた。
「本当に私と相談する気があったなら、全部勝手に決めてから事後報告なんてしないはずでしょ」
「それに、私が行かない方が都合いいんじゃない?」
「どうせ瑠璃も行くんでしょ? 二人の幸せを見せつけられるために、わざわざ私がついて行く必要ある?」
颯真の呼吸が、明らかに荒くなった。
彼が忍耐を失いかけている合図だ。
「ああ、瑠璃も行くよ。あいつはデジタルマーケティングに興味があるからな」
「でもあいつ一人じゃない。俺たち以外にも田中たちも一緒だ。みんなで助け合えばいいだろ」
「お前、なんでいつもあいつを目の敵にするんだ? あいつが何したって言うんだよ。あいつの家の事情、知ってるだろ。このバイトはあいつにとって重要なんだ。経済的負担も減らせるしな。自力で掴み取ったチャンスの何が悪いんだよ」
颯真は明らかに疲弊しており、言葉を選ぶ余裕もなくなっているようだった。
私は彼の言い分に呆れて笑いがこみ上げ、頷いてみせた。
「わかった。誰と行こうが勝手にして。とにかく私は行かないから」
颯真も完全に頭に血が上ったようだ。
「これが最後だぞ、花梨。俺は何度も譲歩してやった」
「バイトの申請はもう俺が出しておいたからな。明日の朝、渋谷駅集合だ」
「行くか行かないかは、お前が決めろ」
彼はスマホを乱暴にテーブルに置くと、大股で玄関へと向かう。
私は引き止める素振りも見せない。
彼の背後についていき、彼が出た瞬間に鍵をかけた。
颯真の怒りは相当なものだった。
閉まる直前、彼の表情は不気味なほど曇っていた。去り際に捨て台詞を吐くことも忘れない。
「その性格じゃ、大阪に行っても周りと上手くやれないぞ」
