第2章

知佳の視点

「骨壺を離しなさい、知佳」

 墓穴の傍らに立つ姑の晴美が、声を荒らげた。

「嫌」私は骨壺をさらに強く抱きしめた。打ち付ける雨が、骨の髄まで凍りつくように冷たい。

 秀樹は『敵対組織の報復を避けるため』という口実で、葬儀を極めて質素なものに済ませた——参列者は身内数人と、護衛が二人だけ。彼は車椅子の傍らにしゃがみ込み、私の肩を抱いて、いかにも心が張り裂けそうな夫を演じている。

「聞き分けるんだ、知佳——」

「この子を土の中になんて埋めさせない!」私の声は嗄れきっていた。

「一緒に家に帰るの!」

 イタリアへ。私のファミリーの元へ。あそこには太陽の光がある、美しい庭園がある。こんな忌々しい冷たい泥土なんかじゃない。

「家に帰るですって?」晴美が冷笑を漏らした。

「自分の子供すら守れなかったくせに、今更ここで慈母の真似事でもするつもり?」

「母さん——」秀樹が眉をひそめる。

「止めるんじゃないよ!」晴美は私を指差した。その眼差しはどこまでも酷薄だ。

「最初から言ったじゃないか、この女はお前にはふさわしくないって。見てごらん、こいつが中島家に何をもたらしたかを。死んだ出来損ないじゃないか!」

「いい加減にしろ!」秀樹が怒鳴り、そして私の肩を支えた。

「知佳、母さんの言うことは気にするな。あそこを見てくれ——俺が聡のために建てた体育館だ。あの子はずっと、大好きなコートを『見守る』ことができる。きっと喜んでくれるはずだ」

 私は顔を上げ、彼の目をじっと見据えたが、一言も発することができなかった。

「御託はもういい」晴美はいらだたしげに護衛へ手を振った。

「奪い取りなさい」

「やめて!」私は車椅子から滑り落ち、泥まみれになりながらひざまずき、死に物狂いで骨壺にすがりついた。

 護衛が私の指を力任せに引き剥がそうとする。必死に抵抗するたび、腹部の傷口が引き裂かれるように痛んだ。

「知佳!」秀樹の声が突如として厳しさを帯びた。

「いい加減にするんだ! 傷口が——見ろ、血が滲んでいるじゃないか!」

「どうだっていい!」私は絶叫した。

「この子を埋めないで! 絶対に嫌!」

 私のヒステリックな抵抗の前に、秀樹はついに譲歩し、遺骨を半分に分けることを許した。私はその一部をネックレスのロケットに納め、手のひらに固く握りしめた。

 残りの遺骨は、墓穴へと納められた。

 私は泥の中にひざまずいたまま、シャベルで少しずつ土が被せられ、私の子供がこの氷のように冷たい地下へ永遠に埋葬されていくのを見つめていた。

     *

 その夜、私は聡の部屋に鍵をかけ、一人きりで閉じこもった。

 あの子のベッドに横たわり、聡の遺骨が入ったネックレスを握りしめる。

 コンコン、と扉を叩く音が響いた。

「知佳、ベーコンサンドを作ったんだ。ブルーベリーマフィンもあるよ」

 秀樹がトレイを手に入ってきた。疲労感を顔に滲ませている。

「何も喉を通らないのは分かっているが、少しは食べなきゃ駄目だ。医者も言っていたよ、出血がひどかったから栄養を摂るべきだって——」

「出て行って」

「知佳、頼むから——」彼はトレイをナイトテーブルに置き、しゃがみ込んで私の手を握ろうとした。

「君が辛いのは痛いほど分かる。俺だって同じだ。でも、俺たちは生きていかなきゃならない。聡だって、君のこんな姿は見たくないはずだ——」

「その口で聡の名前を出さないで!」私は声を荒らげ、ありったけの力を振り絞ってトレイを床へ払い落とした。

「あなたにこの子を語る資格なんてあるものか!」

 サンドイッチとマフィンが床に散乱する。

 秀樹は一瞬呆然とした後、みるみる顔を曇らせた。

「知佳、君の悲しみは理解しているつもりだ。だが、俺の忍耐を試すような真似はよせ」

「忍耐?」私は鼻で笑った。

「逸人に対しては、いくらでも忍耐力があるくせに」

 彼の瞳の奥に、一瞬だけ危険な光が走った。

「何の話だ?」

「出て行けって言ってるの!」

 秀樹は数秒間私を睨みつけ、深く息を吸い込んだ。

「君には冷静になる時間が必要なようだな。夜は少し……急ぎの仕事があるから、帰りが遅くなるかもしれない。ゆっくり休んでくれ」

 仕事? 病院へ行って、あの隠し子に付き添うだけでしょ。

 彼が立ち去った後も、私はベッドに横たわったまま、感覚の麻痺した手で遺骨のネックレスを握りしめていた。

 扉の向こうから、ひそひそ声が漏れ聞こえてくる。

「聞いた? 旦那様、あの新しい体育館を美愛様のお子息に贈るんだって」

「しっ! 奥様がまだ中にいらっしゃるのよ!」

「何を怖がることがあるの? どうせこのお屋敷の女主人なんて、遅かれ早かれすげ替わるんだから。あの体育館、二千万もかかってるのよ! 世界チャンピオンのコーチまで雇ってさ。来週には、逸人坊ちゃんの手術成功を祝してオープニングパーティーを開くらしいわ」

 私は思わず手を強く握り込んだ。

 聡のために建てた体育館?

 あの時、あいつは何て言った?

『聡を驚かせたいんだ。あの子にプロ仕様の練習場を与えてやりたくてね』

 私は感動のあまり涙まで流したというのに。彼がようやく聡を愛し始めてくれたのだと、馬鹿みたいに信じ込んで。

 震える手でスマートフォンを手に取り、少しの時間をかけて美愛のSNSアカウントを探し当てた。

 最新の写真は三日前のもの。逸人が手術着姿でVサインを作っている。

 添えられた文章——『私の勇敢な宝物! 手術は大成功!❤️ やっと適合するドナーが見つかって、一ヶ月後にはコートに戻れるよ! パパがしてくれたすべてのことに感謝!』

 適合するドナー。

 私の息子の、腎臓。

 画面を見つめたまま、私は強張った指で上へとスクロールした。

 昨年の逸人の誕生日。秀樹は島のリゾートを丸ごと貸し切っていた。美愛がアップしているのは、プライベートジェットの写真——逸人のために特別にカスタマイズされたものだ。

 文章——『最高の八歳の誕生日! パパからのプレゼントはプライベートジェット! おまけに島を丸ごと貸し切ってお祝いしてくれたの!❤️』

 さらに遡ると、秀樹が逸人のテニスの練習に付き合っている動画があった。プライベートコートで、親子二人はこれ以上ないほど楽しそうに笑い合っている。

 あの日、聡は四十度近い高熱を出して寝込んでいた。ずっと『パパ』と呼び続け、パパはいつ帰ってくるの、と私に何度も尋ねていた。

 私が三十回以上も電話をかけたというのに、秀樹は一度も出なかった。

 その後、送られてきたメッセージはこうだ。

『急な商談が入った。ベビーシッターに看させればいいだろ、大げさに騒ぎ立てるな』

 急な商談? それが逸人のテニスに付き合うことだったの?

 コメント欄は称賛で溢れ返っていた。『完璧なご家族!』『本当にいいパパですね!』『幸せのおすそ分けをもらった気分!』

 私はもう感情を抑えきれず、スマートフォンを壁に向かって力任せに叩きつけた。

 衝撃で、卓上から一つのサッカーボールが転がり落ちた。

 そのボールをじっと見つめる——秀樹はいつも『後継者を育てるため』という口実で、聡に対して厳しく辛く当たっていた。この二十ドルぽっちの安物のボールが、聡の七歳の誕生日に彼が贈った、たった一つのプレゼントだった。

 あの日、聡はそのボールを抱きしめ、興奮した様子で大声ではしゃいでいた。

『パパがくれたんだ! ママ見て! パパがやっと僕にプレゼントをくれたよ!』

 嬉しさのあまり、部屋中を飛び跳ねていた。夜にはそのボールを抱いたまま眠りにつき、その寝顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 一方で、逸人が誕生日に与えられたのは、プライベートジェットと島一つ。

 同じ息子だというのに、どうしてここまで天と地ほどの差があるのか。

 なぜなら、聡はただの『スペアの臓器』に過ぎなかったからだ。最初から、ずっと。

 私はボールを抱きしめたままベッドに倒れ込み、声も出さずに涙を流し続けた。

 秀樹、あなたって男は、どうしてここまで残酷になれるの?

     *

 どれくらい泣き続けたか分からない。私は顔を拭った。

 気づいたのだ。どれほど涙を流そうとも、聡はもう二度と戻ってこないということに。

 画面のひび割れたスマートフォンを拾い上げ、暗号化アプリを起動する。そして『日村』と記された連絡先を見つけ出した。

 日村は、結婚する前に私が最も信頼を置いていた部下であり、超一流のハッカーだ。秀樹に嫁いでからは過去の人間関係をほぼすべて断ち切っていたが、この緊急用の経路だけは残してあった。

 この七年間、一度も使ったことはない。

 今日、この日を迎えるまでは。

 私は短いメッセージを打ち込んだ。

『調べてほしいことがあるの』

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