第3章
恵子視点
鋭く耳慣れない着信音が、淀んだ朝の空気を切り裂いた。
健太の体が完全に硬直する。
彼の視線が狂ったようにポケットへと泳いだ。個別に設定された着信音。
結婚して十二年、一度も聞いたことのない音だった。
完璧に整ったその顔に、一瞬パニックの影が走る。
彼はひったくるようにスマートフォンを掴んだ。その指の関節は真っ白になっていた。
「その……重要な物流業者からなんだ」彼がどもりながら言う。不自然なほど上ずった声だった。
私の目を見ようともしない。
彼はほとんど全速力でバルコニーへと向かい、背後のガラス戸をきっちりと閉めてから電話に出た。
奈々がスキップしながら部屋に入ってきた。そのタイミングは完璧だった。
「きっと乗馬のコーチからの電話だわ!」奈々が大きな声で言った。
「もうすぐ大会があるから! 会場の確認をパパとしなきゃいけないって、コーチが言ってたの!」
私はゆっくりと首を巡らせ、十歳になる娘を見つめた。
彼女は笑っていた。明るく、愛らしく、まるで天使のような笑顔で。
父と娘。
完璧で、寸分の狂いもない嘘の二重奏。
私は完全に無表情を貫いた。叫び声も上げず。泣き崩れることもなく。
彼らの吐き気を催すような小芝居を、暴くこともしなかった。
一分後、健太が慌ただしく戻ってきて、急いでスマホをしまった。
「倉庫で緊急事態なんだ、恵子。行かなきゃ」
彼は身を乗り出し、私の頬にキスをした。
「気をつけて運転してね、あなた」私は答えた。不気味なほど冷静な声だった。
玄関のドアがカチャリと閉まった瞬間、幻想は打ち砕かれた。
私は奈々に向き直った。
「ねえ、自分のお部屋で遊んでいなさい。ママはお掃除しなきゃいけないから」
「わかった、ママ!」彼女は元気よくさえずり、楽しそうに階段を駆け上がっていった。おそらく父親の愛人が買ってくれたであろうおもちゃで遊ぶために。
彼女の姿が完全に見えなくなってから、私はキッチンへと歩を進めた。
分厚いゴム手袋を両手にはめる。
そして、一直線に主寝室へと向かった。
ここはもう寝室ではない。犯行現場だ。
私は、マス目を潰すように規則正しく、徹底的な捜索を始めた。
マットレスから高価なシルクのシーツを引き剥がす。重厚なオーク材の引き出しの裏側を確認する。幅木に沿って手を這わせる。
そして、それを見つけた。
ナイトテーブルとウールのラグの間の、狭くて暗い隙間の奥深くに挟まっていた。
くしゃくしゃになったゴムの塊。
使用済みのコンドーム。
胃袋が激しく波打ち、今すぐこの床に中身をぶちまけてしまいそうになった。
健太と私は、結婚した最初の日からコンドームなんて使っていなかった。
私たちはいつも、もう一人子供が欲しいと願っていた。
奈々にきょうだいを作ってあげようと、何年も努力してきたのだ。
これは偶然ではない。私のものでもない。
それは理奈の、病気じみた歪んだ「トロフィー」だった。
彼女はわざとこれを置いていったのだ。
自分の縄張りを主張するために。何も知らない哀れな専業主婦を嘲笑うために。
包み紙のすぐそばで、わずかな朝の光を反射していたのは、一粒ダイヤのピアスだった。
私は、喉の奥から激しくせり上がってくるおぞましい吐き気を必死に飲み込んだ。
激しい怒りの涙が目を刺したが、絶対にこぼれ落とすものかと堪えた。
震えるゴム手袋越しの手で、そのダイヤのピアスをつまみ上げる。
その高価なピアスを、おぞましい使用済みコンドームの奥深くに力任せに押し込んだ。
そして、その忌まわしい代物を透明な保存袋に入れ、きっちりと密封した。
立ち上がり、手から手袋をむしり取る。
こんな汚染された不潔な家には、もう一秒たりともいたくなかった。
ウォークインクローゼットからスーツケースを一つ引きずり出し、必要最小限のものを放り込んだ。
スマホを取り出し、アレンに「有名な美術展を見に行くため数日間家を空ける」と伝え、奈々のことはベビーシッターに任せた。
新しい絵の準備をするための空間が必要だ。私は都心のマンションへと移り住んだ。
真っ新で空っぽの都心のマンションに足を踏み入れた瞬間、私は荷解きもしなかった。
すぐさま電話をかける。この街で最も冷酷で、トップクラスの離婚弁護士に。
「別れたいんです」私は弁護士に告げた。砕いた氷のように鋭い声だった。
「すべてを清算したい。彼の会社の株式、夫婦の共有財産。一円残らずすべて」
「承知いたしました、鈴木夫人」弁護士は滑らかに答えた。
苦痛に満ちた、静寂の三日間が過ぎた。
そして、型押しされた重厚な封筒が郵便受けに届いた。
特別招待状。
それは、奈々が心待ちにしていた乗馬大会の決勝戦のものだった。
私はそれを開けた。
荒々しく、苦々しい笑い声が漏れ、何もないマンションの壁に響き渡った。
厚く光沢のある紙に、太い黒インクでしっかりと印字されていた。
『特別審査委員長:佐藤理奈』
露骨で、悪びれる様子の欠片もない挑発だった。
彼女は私に来てほしいのだ。スタンドに座り、彼女が私の夫や洗脳された娘と「幸せな家族」ごっこをするのを見せつけたいのだ。
私はその高価な厚紙を鼻で笑った。
「本当にそのゲームがしたいのね、理奈?」誰もいない部屋に向かって囁く。
私はスマホを手に取り、割高な即日配達のバイク便を手配した。
作成したばかりの、署名済みの離婚届を真新しい茶封筒に入れる。
そして、その重々しい、人生を破壊する法的な書類の真上に置いたのは――
理奈の使用済みコンドームとダイヤのピアスが入った、あの透明なビニール袋だ。
封筒の口をしっかりと閉じた。
バイク便が到着すると、私はそれを手渡した。「これを鈴木健太のオフィスへ直接届けてください」配達員にそう告げた。
